蛮族の少年

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「……首を、お刎ねください」 「…………!」  少年がやっと発した言葉に、エーレンディアは息を呑む。  掠れた小さな声で少年はその言葉を口にしたが、その声は高く、未だ声変わりしていないものと思われた。成長が早くまた大人になると屈強な肉体に変わるイベルニア人の特徴を鑑みると、少年が十二、三歳か、それ以下の年齢であることを意味するはずだ。  しかし、それ以上にエーレンディアが驚いたことは、少年がたどたどしいながらも、アカイア語を操ることができたということだ。 「首をお刎ねください。アカイア人は、罪人に対してはそうするのでしょう」  少年は再び口を開く。その声にはあどけなさがあったものの、口調は陰鬱で、自身の運命を悲観している様子が覗えた。 「そなたは捕虜だ、罪人ではない。アカイア帝国では、裁判なしに罪人を処刑することはない」  エーレンディアはそう答えたものの、その言葉が丸っきりの真実ではないことは認識していた。帝国の版図拡大の中で、敵兵や捕虜の非人道的な扱いは無視できないほど多かった。しかしアカイアが西方世界を統べる大帝国となった今、王者としての振る舞いがその軍の構成員にも求められていて、道理に(もと)る捕虜の処刑や軍紀違反は厳しく罰せられる。 「敵の軍門に降り、情けをかけられて生き延びれば、その呪いは魂まで及びます。生まれ変われば今度は、その敵将の(はしため)となり、女のような扱いをされ、恥辱を受ける人生が待っている」 「(はしため)、な……」  少年のその言葉に、エーレンディアは溜め息を吐く。イベルニア人は迷信深い民族と聞いていたが、年端も行かぬ少年ですらこうあっては閉口せざるを得ない。 「私は女だが? それにその言い草では、私が生まれ変わってまで、そなたを慰み者にすると決めつけられているようなものではないか。とんだ失礼な話だな」 「それは……」  エーレンディアの指摘に、少年は恥じ入ったかのように顔を赤らめ、顔を背ける。 「我々の駐留は、三十年前にアカイア・イベルニアで締結された条約に基づく正当なものだ。条約を犯して攻め込んでいるのはそなたらの方だぞ」 「それは、我々ゴート氏族を介さず締結された条約。我々が従う道理はありません」  少年はそんな返事を返す。エーレンディアはふむ、と思い、少年に歩み寄る。 「賢いのだな、そなたは。名はなんと?」 「ゴート氏族長バルガスが息子、フィンが息子、アンガス。イベルニアの誇り高き戦士として、この戦いに赴きました」 「そして、捕虜になった、と。……ふうむ」  エーレンディアは少し考え込む。  さっきの話だと、イベルニア人にとって、捕虜にされた上で情けをかけられるのは、死に勝る恥辱であるようだ。 「一つ聞きたいのだが、少年よ。……先程、罪人をどう処罰するか、のようなことを言っていたな。イベルニアでは、あるいは君の氏族では、罪人をどう処罰する?」 「手足を括り、崖から海に放り込みます。神意あればその罪人は助かる」 「君も、帰されればその処遇を受けるのか。……どうだろうか。私の提案を聞いてはくれないか?」 「……どのような提案でしょうか」  エーレンディアは少年、アンガスに向かって両手を広げてみせる。 「君と私で、剣術の勝負をする。君に神意あれば、君は私に勝てるだろう。そうなれば、生き延びたところで君にけちはつかないのではないかな」
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