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剣術勝負
「……エーレンディア様、よろしいのですか」
戦いの支度を手伝いながら、傍らの兵士はエーレンディアに声をかける。
「私も騎士の端くれだ。子供に遅れは取らんさ」
そんな返事をするエーレンディア。
果たして、少年アンガスと女騎士エーレンディアは、守備隊砦の鍛錬場で剣術の手合わせをすることとなった。
エーレンディアの狙いとしては、形式上アンガスに負けた形にして花を持たせ、少年が氏族の元に戻ってからも生きていけるようにしたい。イベルニア人は捕虜交換に応じづらい人々ではあるが、氏族長の血縁で、また戦いで名誉を得られたのであれば、交渉材料としての価値も上がるだろう。
少年の剣術については、まあこれだけ小さな子供だ、心配はいらないだろうと、エーレンディアはそう楽観していた。
だが、その楽観は裏切られることになる。
「…………!」
少年の何度目かの突きを、エーレンディアは受け流す。
剣術の腕前自体については、エーレンディアの方が上だろう。だが、少年は紛れもない殺意を、その剣筋に乗せてくる。その猫のような目で観察し、エーレンディアの剣筋を見切って、より深くまで踏み込んで、その剣を突き立てようと向かってくるのだ。
(これは、本気でかからんとまずいかもしれんな)
エーレンディアはそう考える。
そうして、一歩深く踏み込む。鋭い突きを予測した少年は、それに備えて構えを作る。
だが、それは見せかけで、エーレンディアは少年の構える剣に、盾を使って重い一撃をかました。たまらず剣を持つ手を緩める少年。そこに薙ぎ払いの一閃で、少年は剣を取り落としかける。
普通の剣術試合であれば勝負ありだ。しかし、ここで勝ってしまっては、やはりまずい。その一瞬の迷いが、エーレンディアの判断を狂わせた。
「!!」
獣のように飛びかかってくる少年。そのまま揉み合いになり、少年はエーレンディアに馬乗りになる。エーレンディアは少年を蹴飛ばし、なんとか距離を取ろうとした。
「……エーレンディア様!」
叫び声と共に、戦いの場に何かが投げ込まれる。エーレンディアはそれを手に取った。
長槍だった。
もともとエーレンディアは剣よりも槍の名手で、少年の剣とこの長槍で勝負すれば、少年に勝ち目はないだろう。
「…………」
槍の長さを測りながら、少年は後ずさりする。
エーレンディアも槍を構えたまま、しばらく無言だったが、やがてそれを、自ら地面に落とす。
「……私の、負けだ。一体一の勝負で、こうして助力を得たのだからな」
「……エーレンディア様」
少年は、驚いたようにその名前を呼ぶ。それが、少年アンガスが女騎士エーレンディアの名前を呼んだ最初だった。
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