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逆転
「…………」
いかめしい表情で、装飾された木製の大きな椅子に座り、下目遣いにエーレンディアを見る老人。どうやらこれは、彼らの玉座、そして彼らの王であるらしい。
「…………」
エーレンディアもまた無言だった。今度は、縄をかけられているのは自分の方だった。
十年間は、アカイア人にとってはわずかな時間だ。その間ずっとエーレンディアは、守備隊隊長の任にあった。帝国から与えられる任務も、付属する装備も、配置される人員も変わることはなく、将兵として変わり映えのしない任務に当たっているだけだった。
イベルニア人にとっては違っていたのだ。十年の間に彼らは帝国の技術を学び、一部を取り入れて、以前とは見違える軍事力を手に入れていた。不意をついた襲撃によって砦は落とされ、守備隊は撤退戦を余儀なくされた。多くは島からの脱出に成功したが、殿を務めていた隊長、エーレンディアは敵に包囲され、捕虜となった。
「この女が、我らが勇士を数多く屠った、その女戦士か」
玉座の老人は、エーレンディアの傍らに控える青年に向かって尋ねる。その言葉はイベルニア語だが、エーレンディアにも部分的には理解することができる。
「はい。捕縛の際に八名を。それに、彼女が将であることを思えば、それ以前の戦で上げてきた戦功は甚だしい」
「……なるほど」
二人はそんな会話をしている。
(なるほど、状況が逆転したわけか。……あの時と)
エーレンディアはそんな風に、今の状況について考えていた。
人間を手にかけるのは、西方世界の覇者たるアカイア帝国の文化や宗教に照らし合わせても罪だ、平時であれば。しかし、戦場で首級を上げることは名誉であり、倫理的に正しいことであり、神と帝国に対しての義務を果たすことだ。
しかし、今は自分は、その帝国の保護の下にはいない。彼らの宗教に則って、自分も裁かれることになるのだろう。
ぼんやりと、エーレンディアはそんなことを考えている。
「それで、勇士アンガスよ。そなたは褒美に、何を望む?」
「はっ。私は」
そう言って、傍らの青年――アンガスは、ゴート氏族長に対して跪く。
そうだ、アンガスだ。あの少年だ。黄色い髪に白い肌、剥き出しの腕の刺青。未だにあのほっそりとした面影を備えているが、背の高い大人の男になってしまっている。
アンガスは、恭しく、しかし朗々と、その言葉を口にする。
「女ながら、戦いの女神の化身とも思われるその戦功、その槍捌き。そして、アカイア人の長命。我が血筋に迎えたい、そのように考えております。どうか、女騎士エーレンディアを、私にいただきたい」
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