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「……また、フラれた」
その男は、ショッピング店や飲食店が並ぶ繁華街を呆然自失といった風に歩いていた。
まばゆい街灯の光に照らされ、きらきらと輝くマッシュボブの金髪が印象的な青年だった。細身で背は高いが、彼がたった今経験してきた〝悲劇〟のせいで猫背となってしまっていた。
しかしここでひとつ、奇異な点を挙げねばならない。
彼は今、街灯の下を歩いている。
上から鮮烈に降り注ぐ光は、彼の〝かたち〟を路面に映し出し――てはいなかった。
つまり、この男には〝影〟が無いのだ。
「……これで失恋記録99回目かぁ? なんで俺、いつもこうなんだ。今度こそイケるって思ってたのによぉ。男色にでも目覚めろってことかよ畜生」
はぁ……と深いため息をつき、〝影〟のない男はその場で立ち止まる。
そしてオレンジ色のロングコートのポケットから一枚の写真を取り出し、そこに映る女性を未練がましそうに見つめる。
「……キャシー。お前、俺にフラれる未来が見えたからって……あんまりだろ。俺から〝力〟もらっておいてさぁ…………あぁ、もう、畜生!」
どうやら、想い人と付き合う条件として彼の『神』としての力を分け与えた結果、それが災いしてフラれてしまった……ということなのだろう。
男はおもむろに写真を縦に引き裂いてから、そのままめちゃくちゃに破り、万歳をするように空中に放り投げた。
「へんっ! いいさいいさ! 女なんていっぱいいるもんね! 俺イケメンだし天才だし強いから女からも男からもモテモテだもんね! 悔しくないさ、バーカ!」
人目も憚らず自らを鼓舞するため大声をあげる。その蒼い瞳にはわずかに涙がきらめいていたが、無理矢理、持ち前の笑顔で誤魔化した。
「……さーてさて! それでは気を取り直して新たな〝恋〟を探すとしますかぁ――お!!」
ふと、男が目と口を丸くして驚嘆の声をあげた。
目まぐるしい感情の動きを持つ彼の視線の先には、往来のなかに一人佇む、若く綺麗な女がいた。
青い半袖のワンピースを纏い、赤毛の長髪を風になびかせている。
顔立ちは整っているが、それ以外特筆することのない、ごくふつうの『人間』の女である。
その女は誰かを待っているのか、手にもつ携帯端末に視線を落としたと思いきや、顔をあげ、きょろきょろと周囲を見渡し、また再び端末に視線を落とす動作を繰り返していた。
男はその女の名前など知らない。男にとってその女は初対面である。
にもかかわらず、男が興味津々にその女を見つめる理由はただひとつだ。
――あの子、かわいくね?
新しい〝恋〟。
『神』と『人間』という種族差など関係ない。瑞々しい異性へ募らせる期待と興味に比べれば些末なこと。
男は、ついさきほどまでの失恋の苦悩をすぐに忘れ、新しい〝恋〟の予感に心を躍らせていた。
だが、その予感は……、
「……ッ!?」
彼に凄惨な〝予見〟を見せた。
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