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「……やっぱり、か」
男は、悲しげにひとりごちる。
さきほど彼が見た〝予見〟。それが的中してしまったのだ。
降り注ぐ車。そして、その破片に突き刺さって死ぬ彼女の姿を。
「ありがとう。君のおかげで、俺は助かった。……そして、すまない。助けられなくて」
どうあがいても、変えられない未来だった。
仮に、男が車を迎撃せず、避けるか潰されるかを選択したところで……結局彼女は、落下し飛び散る破片で死ぬ運命にあった。
予見はできても、未来は変えられない。
男は自らの力の至らなさを詫びつつ、女の死体へ目を伏せた。
プツン――。
女の死体を照らす街灯が、消える。
光の矢の衝撃でなぎ倒され、内部機械が半壊したためだ。
なにも照らさぬ漆黒のなか、女の死体はやはり静かに横たわっている。
だが、その死体に奇妙な現象が起きる。
……消えたのだ。
まるで闇に溶け込むように、ゆっくりと、女の死体は消え去った。
「……消失病」
男はこの現象をよく知っている。
この『オリュンポス』を脅かす……奇病。いや、怪異というべきか。
暗闇のなかに身を置くと、『神』も『人間』も、消える。それが、『消失病』である。
消えた者は当然……帰ってこない。死んだのか、それともどこかで生きているのか分からないが、少なくとも今いる世界から消え去ったのは確かであった。
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