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Luna
おれの21歳の誕生日である5月20日が数日後に迫っていた。運がいいのかなんなのか、誕生日のすぐ後にしばらくぶりの連休をもらえることになっていて、今日は休暇前最後の大きなスケジュール、泊まりのコンテンツ撮影。
撮影場所は山の方のキャンプ用コテージみたいなところだった。バスを降りるところから撮影が始まる。ソンファとかフィンが景色にリアクションしてくれてる間、おれはちょっとさぼってぼーっとしたまま荷物を建物の中に運ぶ。もうちょっとしたらエンジンもかかってくると思う。
しばらく外でバドミントンしたりして遊んでるところを撮影した後に、夜ご飯をみんなで作って食べていた。3周年の感想とか、休暇後に始まるヨーロッパ・アメリカツアーへの意気込みとか、そういう話をしながら夜が更けていくのが定番だろうけど、なかなかそんな話にならない。テーブルから少し離れたところに立って肉を焼きながら4人の話を聞き流していると、唐突にソンファが声をかけてきた。
「ルイヒョン!欲しいものある?」
「うん?」
「誕生日プレゼント」とソンファ。
「あ〜なんだ、食べ物の話かと思った」
みんなが笑う。おれは考える。
「うーん、なんだろ。くれるなら自分で考えてくれた方がうれしいけど」
「ほら、ルイヒョンはそうだって」
いらないプレゼントをもらうか、あらかじめ伝えておいた欲しいものをもらうかならどっちがいいか、という話みたいだった。
「お前の欲しいものなんかわかんない」とテミンが言う。
「こんなに長い仲なのに?わかんないの?」
「僕とルイはプレゼント交換しません、みなさん。最後に交換したのが何年も前なんです」
テミンが急にカメラに話しかけだすのを見て、おれは笑ってしまう。テミンとは誕生日も気が向いたらご飯を奢るくらいだ。誕生日に何をしてあげるかはその年、そのメンバーによってバラバラで、強いて言うならやっぱり末っ子のソンファにはみんなよくプレゼントを買ってあげていた。
「サプライズはされたい方ですか?」
イスルがなぜか敬語で、インタビュアーみたいに聞いてくる。
「あんまり恥ずかしいことだったら嫌だけど…あ、もしかして何か準備してくれてますか?」
冗談のつもりだったけど、ソンファがイスルの反応をおれに見せないように手のひらでイスルの顔を隠す。
「いや、なんにもないはず。俺は知りません!ただイスルヒョンが準備してたらバレちゃうなと思って」とソンファ。
イスルがソンファの手を払いのけて顔を出す。
「ごめん、期待したよな?」
そう言って笑った。ケーキとかプレゼントのサプライズならまだしも、イスルは人前で大掛かりなことをするタイプじゃないから、違うんだろうなという気がした。
「うん、期待しました」
だから、おれの言葉は嘘だった。
人が笑顔から真顔に戻る、微妙な瞬間っていうのがあると思う。その瞬間にイスルとおれの目が合って、なぜか心臓がちょっと跳ねた。
少しして、イスルが立ち上がって近づいてきた。
「代わるよ」
イスルはおれの隣にくっついて言う。さっきもソンファが肉焼くの代わろうか、と言ってくれたけど、おれが断った。
「大丈夫」
イスルがトングを持ったおれの手に触れる。
「ヒョンがやるってば」
近くにいたら、さっき目が合った時の感じを思い出して、おれは一瞬黙り込む。それからバカなことを聞いてみたくなる。
「サプライズしてくれるんですか」
トングは奪い取られるままにしておいた。せっかくイスルが優しいとこを見せているのに、カメラは向こうを向いていた。
「俺がそんなことすると思う?」
「しないと思う」
「正直だな、ルイ」
イスルが笑う。それから「もう忘れて、そのことは」と言って、おれをみんなと座りに行かせる。
ほとんど食べ終わって別の部屋に移動し、まず飲みながらゲームした。これは負けた人が洗い物をするため。「早く始めないと、フィニヒョンが負けたらどうするんですか、飲みすぎたら皿洗いなんてできないのに〜!」と文句を言うソンファを尻目に、おれたちはしばらく雑談しながらただ飲んで、やっとゲームを始める。
全員が成人して、こうやって撮影の場でもお酒を用意してもらえるようになってよかったと思う。おれは時々カメラの前でおもしろいことを言わなくちゃ、とプレッシャーを感じすぎることがあった。
おでこに貼ったそれぞれの禁止ワードを言わないようにお題の議論をする、というゲームはだいぶ盛り上がって、結果テミンが負けた。
またしばらく飲みながら話した後に、定番のカラオケ。イスルとおれは酔ったらもう少しおしゃべりになって、この曲がああだこうだ、と話しながらくっついて座っていた。今では目が合った時に感じた若干の気まずさもほとんど消えて、おれはほっとしていた。いや、気まずさという言葉が正しいとは思わない。じゃあ何なのか、と言われたらおれにもよくわからないけど。
「みんな、一回曲予約しないでくれる?」
イスルが言い出し、立ち上がって部屋の隅に置いてあった自分のアコギを取ってきた。こういうコンテンツではイスルがギターで弾き語りすることもよくあったから、今日もそうなんだと思った。
「ルー」
イスルがこっちを向く。おれの心臓がまたぴょんと跳ねる。
「なに?」
「ほんとは俺もこんなことするの恥ずかしいと思う。だけどこの曲が本当に良くて、」
「ヒョン、レッツゴー!」とフィンが声をかける。
イスルが笑い出して、またおれを見る。
「"Luna"って曲。最近好きなんだけど、聴いてたらお前のことを考えるようになって。お前にも聴いて欲しかった。俺の曲でもないのにあれだけど。早いけど誕生日おめでとう」
たぶん、2分くらいの間だったと思う。だけど永遠みたいで、同時に10秒間みたいだった。なんだかロマンチックな曲だな、とかいい曲だ、とか、自分の頭でもないみたいな脳みその奥の部分で感じた。それなのに音を聴くだけじゃなくて、また全身がしびれたみたいにイスルから目が離せなかった。俯いたまつ毛からも、弦を抑える指先からも。
たぶんおれが何も言わないうちに、ソンファが「かっこいい〜」と言って拍手をしだしたと思う。みんなが拍手して、それが終わったら何か言わなきゃと思って、だけどそれも難しすぎた。代わりに立ち上がってイスルを抱きしめた。「ありがとう」と耳元で言って、イスルの耳が赤くなってることに気づく。
寝室は2人部屋が2つ、1人部屋が1つあって、グーチョキパーで決めることになった。そんなつもりなかったと言ったら嘘になるかもしれないけど、おれはイスルが何を出すか見ようとしてたみたいだった。おれのために歌ってくれた後でもうちょっと感謝を伝えたいとか、一緒にいたいとか思う気持ちがあったのかもしれない。2人ともがチョキを出した後にイスルと目が合って、バレた、という気がした。
着替えてからベッドに入っておやすみと言い合うところまでで今日の撮影は終わり。スタッフさん達に「お疲れ様です」と挨拶してから、おれたちはしばらく喋る。1人部屋のソンファが遊びに来て、おれは正直ほっとしていた。別々のベッドがあるわけじゃなくてダブルベッドに2人だったし、2人きりになったらちょっと気まずいかもなと思ったけど、そんなことを思うのは変だってこともちゃんとわかっていた。
間もなくしてソンファが寝に行って、おれとイスルは2人だけになる。2人とも普段早く寝るタイプじゃないから、いろいろ話しながら時間が過ぎていく。
「さっきの歌、ありがとね、ヒョン」
ちょっと眠くなってきたな、という頃におれはやっと言う。
「ああ、あれ…」
なんでもないよ、とイスルは言う。なんでもなくないよ。うれしかった。おれは黙っていた。
おれとイスルの関係性はファンに人気があるから、さっきの映像もたぶん反響が大きいはずだ。だけどおれだけのためだった。あの場には他のメンバーもスタッフもいたけど、それでも。映像を見返すんでも何度も思い出すんでもなく、おれの記憶の中だけにそのまんま留めておけたらいいのにな、と思う。
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