講師(こうじ)

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講師(こうじ)

 天徳内裏歌合において講師(こうじ)も左右に分かれた。  講師の役割は、歌を朗吟し披露すること。   歌合わせは、歌を作った本人ではなく、講師が読み上げることとなっている。  左の講師は源延光(みなもとののぶみつ)、右が源博雅(みなもとのひろまさ)となった。  源延光は自らも歌人で才があり、人付き合いにも如才なく、出世は兄の安光よりも早かった。  延光が才気煥発な人であるならば、源博雅は雅楽家だった。  篳篥(ひちりき)や、和琴(わごん)など雅楽を愛し、朱雀門に現れる鬼から名笛(めいてき)葉二(はふたつ)」を譲り受けた話し、琵琶の名手の蝉丸の家で三年間立ち聞きに行き、琵琶の秘曲を覚えたという逸話は、市中にまで語り継がれている。  歌や舞は苦手な博雅だったが、穏やかな人柄で、人気があったこと、頼まれたら断れないお人好しの性分だったこともあり、講師を受ける事になったのだった。  天徳内裏歌合わせ、第三番。  題目は「鶯」  左方講師、源延光が朗々と詠み上げた。 「わがやどの梅がえになくうぐひすは 風のたよりにかおやとめこし」  次は、右方講師、源博雅の番だ。  博雅は息を吸うと、詠み上げた。 「さほひめのいとそれかくる青柳をー」    会場がザワザワした。  皆が少しだけ慌てている。 「博雅殿、それは四番だ」  左方から、注意が飛んだ。      博雅が詠んだのは、第四番の題目「柳」で、平兼盛の歌だった。  歌合わせは、季節ごとに題目が進んでいく。  右方の歌が披露された後、人々が固唾を飲んで見守る中で起きた。  堪えていた人々からも、笑いが漏れる。  笑い声を耳にして、顔面蒼白となった博雅だったが、慌てて鶯の歌を読み直す。  動揺した博雅の声は小さく、震えてかすれ、何度か噛んでいる。  そのせいかどうか、第三番の鶯勝負は左方が勝利し、右方、兼盛の歌が負けてしまったのだった。
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