108人が本棚に入れています
本棚に追加
君が差し伸べてくれた手 ⑦
「触るな!」
息を切らせた年下くんが、俺の抱き寄せていた。
「俺の恋人を気安くさわんじゃねーよ」
年下くんを見上げると、額だけではなく首にも汗が流れ、息は荒い。
「え?凪、この若くてイケメンがお前の恋人?お前、絶対騙されてるって。そんぐらい気付けよ」
元彼は鼻で笑う。
年下くんの手がきつく握られる。
元彼は気付いてなさそうだが、今にも年下くんは殴りかかりそう。
「知ってるよ!でも一緒にいたかったんだ。一緒にいたかったけど、もうだめなんだ」
そう言った後、年下くんの方を見て、
「何も気付けてなくて、ごめんね」
多分涙でぐちゃぐちゃだったと思ったけど、最後に微笑んで見せたかった。
すると年下くんは苦しいぐらいに、俺を強く抱きしめ、元彼を睨みつける。
「あなたって賢い人なんですね」
「どういう意味だ」
「あなたは自分の力では、彼を幸せにできないと思ったから、あんな酷い別れ方をしたんでしょ?」
睨みつけながら続けた。
「なんだと!」
元彼が年下くんに殴りかかろうとしたが、その拳を年下くんに止められる。
「あなたには、その頭の悪そうな子がお似合い。どうぞお幸せに」
それだけ言って俺の手を引っ張る。
「年下くん、痛いよ」
「…」
年下くんは無言のままタクシーを拾い、自宅マンションの住所を告げる。
タクシー内でもマンションのエレベーターの中でも、年下くんはずっと無言だった。
部屋につき、玄関のドアを閉めると、
「ごめんなさい…」
涙をいっぱいに溜めながら、俺に謝る。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
何度も謝るから、
「向こうで落ち着いて話そ」
パニックになっていた俺の方が、落ち着きを取り戻していった。
年下くんはソファーで頭を項垂れて座っている。
俺は二人分のコーヒーを淹れて、年下くんに手渡す。
「俺、昔は何も知らなくて、偏見の塊だったんだ」
ぽつりぽつりと話し始めた。
「友達と遊んでた時、アイツが貴方に別れを切り出したところをみてしまって…」
「…」
「涙を我慢しながら耐えている貴方の姿を見た瞬間、あまりに綺麗な泣き顔だったから、『俺はこの人を守らなくちゃいけない。笑顔を取り戻さないといけない』って思ったんだ。それから貴方が通うバーを見つけて、貴方に声をかける機会をずっと待ってたんだ」
「でも君みたいな人が、そんな理由だけで俺のこと、好きにならないよね」
「初めから好きだった。でも貴方と過ごすうち、貴方の優しい心に触れ、貴方のいろんな表情に出逢って、もっともっと好きになった」
「…」
「貴方を、貴方だけを愛してる」
年下くんは俺を抱きしめる。
年下くんの体温と言葉が、体の中に流れてくる。
「俺も…好き…」
やっと自分の気持ちを言葉にできた。
胸に支えていたモヤモヤが溶けていく。
「ほん…とに…?」
年下くんは不安そうに僕の顔を覗き込む。
「本当だよ」
そういうのが精一杯だった。
みるみる年下くんの表情が明るくなり、綺麗な顔を嬉しそうにくしゃりと歪め、溜まっていた涙が一粒溢れた。
「キスして…いい?」
年下くんが俺の頬に手を当てたから、俺はその手に頬を擦り寄せ、瞳を閉じた。
唇に柔らかなものが触れる。
口内に舌が入ってきて、舌と舌が絡み合う。
初めてのキス。
くちゅりくちゅりと音がして、唇を離すとお互いの唾液が糸を引いた。
「名前、聞いてもいい?」
「凪…。年下くんは?」
「雅也」
「凪、愛してるよ」
「雅也、愛してる」
もう一度、深いキスをしてお互いの身体に触れた。
溶けて、混ざって、ひとつになって…
激しさと優しさの中、俺は雅也に連れ去られ、溺れていった。
最初のコメントを投稿しよう!