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落ちぶれた男
リンゼイ王国の王都の大通りにあるすすけた酒場のカウンターで、隻腕の男がひとり酒をあおっていた。彼の前にはすで数杯分の空のグラスが並んでいるが、いまだ前髪に隠れた青灰色の瞳の眼光はギラギラと鋭い。
たったひとりで酒を飲む男は、低く唸った。
「この程度では酔えるわけがない。もっといい酒はないのか」
「おうおう、あの誇り高きレンナート・ベルナク騎士団長殿はずいぶん落ちぶれたもんなぁ」
酒場のマスターにレンナートと呼ばれた男は、ぐしゃりと顔をしかめた。
「騎士団長と呼ぶな。片手を失った今、俺はただの穀潰しだ」
「はいはい、元騎士団長殿。あんまり飲みすぎるなよ」
そういいながら、マスターはドンとなみなみと注がれた麦酒をレンナートの前に置く。その麦酒をぐいっと一気に半分程度まで飲んだレンナートは、荒々しく口元を拭った。伸ばしすぎて乱れた黒髪と、無精ひげが顔を覆っているが、目を凝らして見るとなかなかに精悍だ。ゆったりしたシャツを着ていてもなおわかる厚い胸板は、彼が昔騎士だった名残だ。
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