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 若くして数々の功績を残したA I研究者である杉崎美奈子は、突如置き手紙と辞表を残して姿を消した。  『目標は達成した。私は戻りません』  助手の近藤尚也が手紙に気がついた頃には、もう遅かった。  なぜ急に姿を消したのか。若手のホープでもある彼女は世間でも注目されるほどの研究者だ。近藤は所長から「三日以内に見つからなければ警察にも報道陣にも公表する」と言われた上で、杉崎先生を探すよう命じられた。「近藤は杉崎にとって片腕のようなものだ。何があったのか話してくれるだろう」という言葉を付け加えられて。  しかし電話も繋がらない上に家に行っても誰も出ない。  気落ちした近藤は先生の人柄や仕事でのやり取りを思い出す。  先生はサバサバとした性格の女性で、研究に熱心。一人で黙々と作業する時の集中力は誰も近づけないくらいだった。仕事に対して強い責任感もあり、もう少し助手を頼ってよと思う時もあったが、なんでも一人でこなすタイプの人だった。だから、決して研究を投げ出すような人ではなかったはずだ。  でもコミュニケーションをとっていたのは仕事上のものばかりだった。仕事上学歴やどこに住んでいるのかは知っていてもプライベート……どんな生い立ちで休日は何をしているのかは一切知らない。  プライベートのことは知らないことだらけだ。先生の片腕だと自負していた気持ちが萎んでいくような気がした。  ──私はあるものを作り終えるのが目標なの。その目標を叶えるために研究者になったの。  先生は『目標』があると何度か教えてくれたことがある。置き手紙にある目標とはそのことだろうか。その目標が叶ったからいなくなったのだとしたら、彼女をそこまで動かしたきっかけとは何なのか。  目標がわかったら先生の居場所にたどり着けるに違いない。それは先生の研究したAIや論文などの中にあるのではないか。先生の言葉を頼りに手掛かりを見つけ出そうと研究室を探った。
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