箒の上で踊った君とはもう会えない

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 玄関の姿見で前髪を整えていると、ママがやってきた。 「恋音、どこ出かけるの」 「三番島だよ。凌子と」 「ふーん」 「セルフ優勝祝いで、でっかいパフェ食べに行くの。二、三人がかりじゃないと片付かないやつ」 「ふーん」  ママが何か言いあぐねている気配を感じる。  わかってるよ、ママ。わたしはあえて、ママが何か話し出すのを待たないで、お出かけ用のかわいいスニーカーに足を突っ込んだ。 「いってきまーす」  凌子とは、一番島と三番島をつなぐロープウェイの駅で待ち合わせをしている。つい気持ちがはやって坂を駆け下ると、優勝した日に凌子と手をつないで走ったことを思い出した。  らしくなかったな、と思う。  凌子はいつだって安全に人一倍気をつかっていて、校外の誰もいないところで箒で飛んだのなんてはじめてだった。わたしのほうが適当で、他の部員が来ないうちに飛ぼうとして止められたことだってたくさんある。  わたしは凌子がそうしたくなった気持ちを想像する。  やっぱり、そうなんだろうな。  坂の終わりに、駅が見えてくる。凌子は先に着いていた。息を弾ませながら走ってくるわたしを見て、目を細める。少し、泣きそうにも見える。  ママは、凌子のお母さんともけっこう親しい。助けたかったけど無理だった、ていつかこぼしてた。だから、気づいてるんだろう。  凌子がお母さんと、島を出ていこうとしていることに。  二両あるうちの後ろのゴンドラに乗り込んだ。  島と島をつなぐケーブルを伝って移動しているように見えるけど、ケーブルはただ自動運転が迷子にならないためで、箒と同じ、重力制御装置で浮かんでるんだって。  窓の外を眺めていると、島と島の間を箒で飛んでいる人たちがいる。  この間のわたしたちと違って、ちゃんと許可をもらって、郵便や荷物を配達するために飛んでいる人たちだ。ロープウェイの方が速いからなんだかのんびり飛んでるように見える。 「卒業したら、ああいう仕事するのもいいよね。箒乗りで優勝経験があるんですって言ったら、優遇してもらえるかも」 「でも恋音は仕事中に曲芸飛行してクビになりそう」 「えっ、ご近所の人気者になったりしない? だめ? クビなの?」 「ダメでしょ。まじめにやりな」  凌子がわたしの頭を軽くたたくマネをして、二人で笑った。  窓に映っているわたしは、だいじょうぶ、ちゃんと笑えてる。最後だからってめかしこみすぎて、これじゃ気づいてるってバレちゃうよと思ってカジュアルダウンした、まあまあの気合いの服もかわいく決まってる。  凌子もふつうに笑っていて、でも笑い声にときどき、嗚咽みたいなかすれた音が混じっている──気がする。気がするだけ、かも。
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