第三話 硝子の小鳥。

6/31
前へ
/215ページ
次へ
「誤字も……ないじゃない」  誤りがないことはいいはずなのに、彼は薄化粧をした細面を、心底つまらなそうにひん曲げる。 「ふんっ。誤字脱字はなくて当たり前。もしアタシが目を通す書類に不備があったら、とっ捕まえてやるから覚悟なさい。じゃあね、ユキちゃん。スカーフよろしくね」  日傘をくるりと回して、彼は去っていった。  呼吸も忘れて敬礼していたセイタロウは、直れとともに甘い空気を胸いっぱいに取り入れた。 「緊張した……」 「僕もだ……。なんであのお方はいつも、僕に突っかかってくるんだろう」  すると、それまで黙っていたユキヘイが笑い含みに口を開いた。 「誤字脱字があった方がいいのさ。あれも若く見えるが、わたしと同じ四十(しじゅう)半。説教は年長者の楽しみなんだよ」  はぁ、と気のない相槌を打ってショウスケは記録の控えを見返した。何度も確認したから、間違いない。刑番所でコイミズがじっくり目を通しても、後日呼び出されて説教される心配はなさそうだ。  控えの書束は、一連の事件を纏めて綴じてあるため、父が担当した日のものも一緒に見ることができた。  この色街では、七日ほど前から不審火が相次いでいる。決まって、日のあるうちに、街を覆う天幕の一部が燃やされた。  不可思議なのは、いずれも天幕ばかりが燃やされているということだ。通りや店が狙われたことはない。とは言え、街を覆う天幕が燃えれば、炎の外套に街ごと抱かれるのと同じだ。  幸い、今のところはボヤ程度で消し止められているため、大きな被害は出ていない。  連続不審火事件として、近隣の注目を集めているにも関わらず、いまだ怪しい人物は目撃されておらず、解決の糸口はまだ見えていなかった。
/215ページ

最初のコメントを投稿しよう!

56人が本棚に入れています
本棚に追加