第三話 硝子の小鳥。

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 コトノハ堂が関われるのは、とりあえずここまでだ。事件の調査は刑番所の仕事。事件解決後に、刑番所に赴き最終記録をつけて、ことの顛末を知るのが常だ。  セイタロウはこの暑い中、手掛かりを求めて天幕の外と内を行ったり来たりだ。体に気をつけるよう言い添えて、ショウスケは父とともに色街に背を向けた。  その後ろで、刑番所の男たちの慌てふためく声が上がった。 「水!!」「さっきの隣だ」「誰も見なかったか!?」  所員たちが天幕を踏みしめて屋根に上がる姿が、ショウスケにも見えた。すぐにぶすぶすと黒い煙が昇り、鎮火に安堵する声が頭上から降ってくる。  所員が辺りを見渡したが不審な者の影はない。甍の屋根と、それより頭ひとつ突き抜けた電信柱が居並ぶばかりだ。  セイタロウがすまなそうに追いかけてきて、コトノハ堂はもう一仕事頼まれた。  ユキヘイはあとは自分がやる、とその場に留まり、ショウスケには店の方を任せた。  父と別れたショウスケは、日が高くなって、ますます灼けつく帰途を急いだ。まるで茹だった鍋の蓋の上を歩いているようだ。暑さに辟易しながら、日陰を探して辺りを見た。  すると道行く人々から、好奇心に満ちた目を向けられているのに気付いた。中には「まただって?」と話しかけてくる者もいる。刑番所も大っぴらにはしていないそうだが、不審火の噂は着々と広まりつつある。 (おキョウさんの耳に入るのも、時間の問題か)  まさに今朝知られたところだが、ショウスケが知る由もない。  そもそもやましいことはないのだから、仕事で色街に足を運んでいることを隠す必要はなかったのだ。それでも隠しておきたかったのは、幼気(いたいけ)な少女の口から、またとんでもない言葉が飛んでくるであろうと容易に察せられたからだ。 (中身は大人とわかっていても、心の臓に悪いのだよ……)  ショウスケの控えめなため息は、蝉の声に掻き消えた。
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