それぞれの想い

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☆☆☆  昼休憩。馬車から降りて昼食を摂りに少し開けた場所へ出た。マシューは聖騎士達に合流して彼らと過ごすようで姿を消した。  ふと、歩く私の影が二つ重なって濃くなった気がした。振り返ると忍者が背後にピッタリくっ付いていた。 「わ、エン!?」 「今日のメシは隣り合って座ろう。さ、早く」  言ってエンは私の手を引いて適した地形に座らせた後、横の大地へ所持していたクナイ六本の内四本をグサグサグサグサと突き立てた。場所取りのつもりらしい。  そして食料を配布している兵士の元へ行き、私とエンの二人分を受け取ってそそくさと戻ってきた。 「ほら、アンタの分だ」 「あ、ありがとう……」  忍者の素早い行動をポカンと口を開けて見守ってしまっていた他の男達は、3テンポくらい遅れてから(ようや)く我に返り、そしてヒソヒソし出した。 「何だよアレ、まるで恋人気取りじゃね?」(ルパ先) 「調子に乗ってきたな忍者。忍者Ⅱは弟分を止めんか」(魔王) 「いや~、まさか奥手なアイツがあんなに積極的になるとはなぁ」(忍者Ⅱ) 「笑い事じゃない。21歳、性欲のみで突っ走ってしまうお年頃だ」(勇者) 「ちょっとやだぁ、お姉様がエンちんこ菌に侵食されちゃう」(女装男) 「ほっほっほ。まだもう一方の隣の席が空いておりますぞ?」(執事) 「……そうでした! そこには僕が……」(暗黒僧侶)  しかし井戸端会議に興じていたせいで行動が遅れた男達は、冷静だったマキアに先を越された。 「隣お邪魔するねー。贅沢だって解ってるけど、そろそろデザートに果物でも欲しいやね」 「わ、ワンコ~。おまえは大好きな忍者の隣に座れば良かろうに!」 「そう皆さんに言われていっつも俺、ぺいって弾かれるじゃないですか。たまにはいいでしょ。それにロックウィーナを好きな男が左右を挟むと大変ですよ。彼女、落ち着いて食事ができなくなります」  マキアの主張を大人げない年長組はねじ伏せようとした。 「そんなことは無い。出自を自慢する訳ではないが、貴族としての教育を受けてきた私ならば、彼女を的確にリードして快適な時間を提供することができるだろう」 「俺にはウィーと過ごした七年間が有る。ウィーの癖や好みを熟知している。ソイツの望みを自然に叶えてやれる自信があるぜ?」  胸を張ったエリアスとルパートへマキアは疑問を呈した。 「そうですかね? お二人は欲望に負けそうになりましたよね?」 「……あん?」 「エリアスさんは昨日、ルパート先輩は一昨日、夕飯の時にロックウィーナへキスしようとしましたよね? いや、したのかな? 俺見てましたよ」  うえぇっ、マキア見てたんかい! 「うおっ、おまえ見てたのかよ!?」  ルパートが私の心の声とシンクロした。嫌な所で気が合うね。アルクナイトがそんな彼をじろりと睨んだ。 「何だと……? おいチャラ()どういうことだ。詳しく説明しろ」 「いやその、何て言うか」 「エリアスさんも……、いったい陰で何をしてくれているんですかね~」 「未遂だから! キース殿、頼むから凝視しないでくれ!!」 「信じらんない! お兄様達なんて不能になっちゃえ!」  年長組プラスアルファが騒いでいるのを放っておいて、私とエンとマキアは食事に取り掛かることにした。 「マキア、助かった」 「一つ貸しだからなエン。ハハ、なんつって。おまえの恋は応援したいから気にすんなよ」 「……マキアはそれでいいのか?」 「へ? 何が?」 「いや。ありがとう」  私を挟んでバディ二人は親密度を更に上げたようだ。レベルアップ系のゲームなら、絆ポイントが溜まると協力技が使えるようになったりするんだよね。  ……ああ、テレビゲームは岩見鈴音の世界に存在するものだ。あの夢以外にも彼女の世界の知識が時々私の頭に入ってくる。  ゲームと言えば……私が置かれているこの状況、まさに乙女ゲームそのものだよな。  乙女ゲームとは、一人の女性主人公が複数のイケメン男性キャラと仲良くなり、最終的には一人に絞って、狙った相手と恋愛的なハッピーエンドを目指すゲームを指す。女のコの夢と妄想と欲望がこれでもかというくらいに詰め込まれている。  ぶっちゃけ、岩見鈴音は乙女ゲームを参考にして小説を書いたんじゃないかと私は推測している。エンディングの一枚絵といいナレーションといい、乙女ゲーム要素がてんこ盛りの十日間ループだった。 「ロックウィーナ、今夜アンタを迎えに行く」 「ふぇっ!?」  この世界について考えていた私は、エンから投げられたストライクな発言を瞬時に理解できなかった。 「あの、今何て……?」 「夜に女性テントまで迎えに行くから、時間を空けておいてくれ」 「えっ、よ、夜……?」  たじろぐ私。これは夜デートのお誘いなのか!?  ちゃんと確認しよう。真面目な稽古の誘いかもしれない。以前手合わせをしたいと彼は言っていたし。 「ええと、徒手空拳で私と打ち合いたいってことかな?」 「それにも魅力が有るが、今回は二人きりで話がしたいんだ」  組み手じゃなかったー。デートの方だったー。 「話すのは構わないけれど、夜は……マズイんじゃないかな?」 「そうだよエン。応援するって言ったけど夜に二人きりは急ぎ過ぎだよ。話したいことが有るなら今話しなよ」  マキアも口添えしてくれたのだがエンは引かなかった。 「誰にも邪魔されずに、一度二人きりで話したいんだ。俺の心は今混乱している。この気持ちが何なのかを、はっきりさせたいんだ」  それは私に恋をしているかどうか、確認したいということ? それでもし恋心が確定したらどうなるの? 「ロックウィーナ、頼む……!」  ちょっと怖い。でも苦しそうなエンの顔を見ていると無下にできなかった。彼には何度も親切にしてもらった恩が有ることだし。 「……話すだけだよ?」 「ロックウィーナ、断りなよ!」 「大丈夫だよマキア。女性兵士のテントからそう遠く離れないようにする。何か遭ったら大きな声を出して助けを呼べるように。それでいいよね? エン」 「ああ。感謝する」  私は流されているのかもしれない。でも私の方が四つも年上だし、身を護る技も有るし、いざとなったら助けを呼べばいい、何とかなるだろうと考えていた。  それはとても甘い判断だったと、私は後に大きく後悔することになる。 ☆☆☆  午後の馬車内、颯爽と乗り込んできたルービック師団長に私達の目が点になった。ルービックは呆気に取られている私達へ、自分がここに居る理由を説明した。 「いや何か、マシューの元気が無くてな。私の馬車でエドガーに彼を慰めてもらっているんだ。私は邪魔になると思いこちらへ移らせてもらった」  白い歯を見せる爽やか笑顔で説明されても意味がよく解らなかった。キースが不思議そうに尋ねた。 「師団長も一緒に慰めれば宜しいのでは?」  だよね。 「そうしたいのは山々なんだが、私とマシューは性格がイマイチ合わなくてな。きっと私では彼の悩みに寄り添ってやれないだろう」 「そうですか? お二人とも明るくて社交的。気が合うのだと思っていました」 「ああー……。マシューはな、今でこそ明るく振る舞っているが、騎士団に入った当初は引っ込み思案で殻に閉じ籠るタイプだったんだ」  それは意外だ。ぐいぐい積極的に来る若いお兄ちゃんという印象だから。  ルービックは遠い目をした。 「いや実は今も……、マシューの本質は変わっていないのかもな。無理をして明るい振りをしているんじゃないかと思う時が有る」 「なるほど……。彼が闇魔法の使い手であることが納得できました。術者の本質に魔法適性は似通(にかよ)うと言われていますから」  キースの発言にルパートとマキアも頷いた。  器用なルパートは風。熱く爽やかな心根のマキアは火と風。優しさと……心に闇を背負ってしまったキースは光と闇。アルクナイトは正に天才だ。 「マシュー中隊長は隠れ陰キャだったのか……。だとしたら師団長とは合いませんね。師団長は根っからの陽キャですもんね」  彼をよく知るルパートに(まと)められ、ルービックはバツの悪い顔をした。 「ま、そういうことだ。その点エドガーは落ち着いた優しい男だからな、安心してマシューを任せられる」 「師団長もとても優しくて落ち着いた方だと思いますよ? 私は師団長のおかげで女性兵士と仲良くなれたのですから」  私がフォローしてルービックは微笑んだが、隣のルパートが渋い顔をした。 「師団長が優しいのはよく解っている。でも落ち着きは無いぞ」 「おいルパート。昔の私はもう居ない」 「昔……。師団長は昔、どんなお人柄だったんですかぁ?」  好奇心からリリアナが首を突っ込んで来た。 「いや、それは……」  ルービックは誤魔化そうとしたが、ルパートが暴露した。 「王国兵団に何度も補導されていたそうだ」 「補導!?」 「保護だ、保護」 「どうしてそんな経緯にぃ?」 「ああー……」  ルービックは頭を掻いて恥ずかしそうにしたが、みんなにじっと見られてポツポツ語り始めた。 「実は私は……子供の頃から正義の味方に憧れていてな。それで十五、六歳の頃に友人と一緒に自警団を結成して、出身地である王都の平和を日夜守っていたんだ」  何となく先が読めた。 「そして私はどうやら特異体質らしい。身体を循環している癒しの魔力のおかげか、魔法を唱えなくても軽い怪我なら瞬時に自己回復してしまうんだ」 「不死身のルービックと言う通り名をお持ちでしたね」 「それは便利な体質ですね。僕は自分の怪我を治療する際、とても疲れてしまいます」  キースは感心していたが、私は指揮官でありながら敵の本拠地へ突入しようとしたルービックを思い出した。止めていたエドガーとマシューのことも。ルービックは「ちょっとの怪我なら回復して元通り~」とか言って暴走するんでしたっけ? 「身体が頑丈なもんで少~し調子に乗ってしまうことがあってな、王国兵団に何度か保護されてしまったんだ」 「絶対に補導ですよね?」 「違うからルパート、保護だから。それでもってそんなに体力が有り余っているなら兵団に入ればいいと、当時の聖騎士に勧められたんだ」 「自警団の名の下でやり過ぎた罪を精算する交換条件として、無理やり入団させられたと先輩から聞きましたよ?」 「違うから。でもまぁ、王国兵団に入ったおかげで聖騎士になれたし大出世もしたわで、結果オーライだったよな」  ははは。本当に陽キャだった。  これはマシューさん相談できないやね。共感を求めて悩める陰気ボールをたくさん放っても、爽やか笑顔スマッシュで全て打ち返されそうだ。
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