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「お帰り!」
「ルパート主任と何か進展が有った!?」
テントへ戻った私を出迎えてくれたミラとマリナは、鼻息荒く詰め寄ってきた。
「い、いや? ただの業務連絡だったよ……?」
私は噓を言って誤魔化した。キスされた後にガッカリされたなんて言えない。知られたら泣く。これだったら本当に業務連絡の方がよっぽどマシだった。
しかし引き攣った笑顔の私を見た彼女達は誤解したようだ。
「あちゃー、肩透かしを喰らっちゃったかぁ。その気で行ったのに残念だったね」
「へ?」
「ホントよね。こっちはウェルカム状態だってのに、仕事の話は勘弁して欲しいわね……」
「う、ウェルカム!?」
「まー気を落とすなって。また機会は有るよ」
どうやらミラとマリナの目には、デート気分でウッキウキでルパートの元へ向かった私が、彼にすげなく扱われてガッカリしているように映ったらしい。
ちょっと待ってよ。プロポーズされて私は戸惑ってるって伝えたじゃん。るんるん気分で来たのはルパートの方だよ? 帰りはアレだったけど。
「でもロックウィーナは恋人候補が四人も居ていいなぁ……」
ふぅと色っぽい溜め息を吐いたマリナへミラがツッコんだ。
「アンタにだって告白してきた男は何人も居たじゃん。全員フッてたけど」
マリナは枕代わりのタオルに顔を突っ伏した。
「彼らじゃ駄目よぉ。全員年下で、まだ役職に就いていないペーペーだもの」
「年上じゃなきゃ嫌なん?」
「と言うより、落ち着きの有る男性が好きなの。若い男の子達はヤルことが第一の目的でしょ? 私が望むのは結婚を前提とした真剣交際だから。生活のことを考えたらある程度の地位と収入も必要よね」
「あー確かに。私の前の彼も猿みたいだったよ。逢うたび迫ってきてさー。他にすること無いのかって感じ」
「でしょ? そういうお付き合いはもう卒業したの」
おおお。二人は私と経験値が全然違う。やっぱり二十代後半ともなると経験済みの人の方が圧倒的に多いよね。
処女であることを恥じる必要は無いと思うけど、周りが経験有りだと焦っちゃうなぁ。私はようやくさっきファーストキスを済ませたばっかりだ…………。
(ルパートとキス!!!!)
ぼんっと、一気に顔が熱くなった。頭へ急激に血が回ったのだろう。隠す為にマリナ同様、丸めたタオルに顔を突っ込んだ。
「どした? ロックウィーナ」
「……疲れて眠くなっちゃった。ごめん、お先に寝る」
「長時間移動だもんねー。私も腰が痛くなったよ」
「明日も明後日も荷馬車に乗るんだもんね。私達も寝ましょうか」
結局みんな寝やすい格好に着替えて早めの就寝となった。
(うわぁぁぁ。私あの人とキスしたんだ)
言い出しっぺの私だったが当然すぐに眠れる訳がなかった。ルパートとの初キスを思い出してはジタバタ暴れそうになった。一人当たりのスペースが狭いテント内だったので迷惑にならないように耐えた。
(ごめんって、切ない感じで囁かれて……それから……。うきゃあぁぁぁ)
全然嫌じゃなかった。むしろ身体がフワフワして気持ち良かった。怖かったけど。
……そう。嫌じゃなかったんだよ、私は。でもルパートは気に入らなかったみたいだね。
(…………あんな態度を取ることないじゃない)
危険回避行動のように私から離れたルパート。あれには本気で凹んだ。その直前のキスが素敵だっただけに余計に。
私のファーストキス体験は苦い記憶となりそうだ…………。
☆☆☆
朝。日が昇り活動時間となった。
朝食は水と乾パンだけなので調理の必要が無かった。私はテント撤去を手伝ってから、女兵士達に礼を言って自分の馬車へ戻ることにした。
「⁉」
と思ったら、女性兵士エリアから少し離れた場所にルパートが佇んでいた。うげ。今は絶対に会いたくない相手だ。
奴は落ち着き無くキョロキョロ周囲を見回していた。ルービック団長でも捜しているのかな? 私は関わり合いにならないように足を速めた。
「ウィー!」
しかし何てことだ、駆け寄ってきたルパートに腕を掴まれてしまった。
「会えて良かった。出発前に話がしたかったんだ」
あれ? ルパートが捜していたのは私だったの?
「ちょっとこっちへ来てくれ」
待ち伏せ魔は昨夜のように私を大樹の陰へ連れていった。当然私は警戒して奴を睨みつけた。対するルパートは思い詰めた表情をしていた。
「……………………」
話がしたいと主張したくせに、ルパートは中々話を切り出さなかった。
「……出発準備をしなければなりません。業務連絡なら早くして下さい」
「…………ごめん」
ルパートは小さな声で謝罪を述べた。
「夕べのこと…………怒ってるよな?」
当たり前じゃボケェ! でも認めることが悔しかった私は余裕ぶった態度を取った。
「ああ……アレ? もーいいですよ。犬に嚙まれたとでも思って忘れることにします」
私の腕を掴む彼の手に力が込められた。痛い。
「俺は……忘れない!」
へ?
「おまえにとって嫌な記憶になったかもしれないが、俺は絶対に忘れない」
「……………………」
「でも無理矢理したことについては悪かった。おまえの気持ちを考えずに、俺の気持ちだけを押し付けた」
何か話が嚙み合っていない気がしたので、私はその点を指摘してみた。
「あの……嫌だったのは先輩の方でしょう?」
「え? 何で?」
「私とキスしたものの、何か違うってガッカリしたんでしょう?」
「…………は?」
ルパートは数秒間停止していた。それから強い口調で否定した。
「どうしてそうなった! 惚れてる女と初めてキスできたんだぞ!? 嫌な訳ないだろーが!!」
大きな声を出してしまった彼は慌てて周りを窺った。樹の陰に隠れているとはいえ昼間は人通りが多い。近くに立つ一般兵がこちらを見てニヤニヤしていた。確実に今の聞かれていたな。
ルパートは声を潜めて私へ念押しした。
「とにかく、俺はキスできて嬉しかった。嫌だなんてとんでもない勘違いだ」
「嬉しかったんですか……? 私とのキスが?」
確認した私へ彼は苦笑した。
「当たり前だろ」
……本当に? 私は納得できなかった。
「だって、キスの後に先輩は私から飛び退きました! アレは犬のウンコを踏みそうになった人の動きでした! 必死だった!」
「何て例えを持ち出してくるんだ、おまえは」
「それに舌打ちまでしたじゃないですか!」
「舌打ち? ああそれは…………欲望に負けた自分に対してだよ」
え?
「夕べはさ、おまえと二人でゆっくり話そうと思って逢いに行ったんだ。それだけのつもりだったのに、俺はおまえにキスしちゃっただろ? 我慢できなかった自分に対してイラついたんだよ」
そうだったの? 色気が無い私に呆れたんじゃなかったの?
「じゃ、じゃあ、直前の必死の飛び退きは?」
「それは…………、ああもう!」
ルパートは左手で自身の頭を抱えた。何だ何だ。
「……あのままくっ付いていたら、我慢できなくなりそうだったから」
「? 我慢できなくてキスしたんでしょう?」
「その先!」
「先?」
はて。首を傾げた私へ、ルパートは赤い顔で打ち明けた。
「おまえを抱きたくなったんだよ。最後までしたくなったんだ。だから離れた」
「!!!!!!!!」
ドゴーン。頭の中で活火山が噴火した。
「わ、私、夕べ処女を喪失するところだったんですか!?」
「馬鹿! デカイ声で……」
慌ててルパートが手で私の口を塞いできたが遅かった。こちらを見るニヤニヤ一般兵の数が増えていた。彼らへ休憩時間の話題を提供してしまった。
二人して赤面して汗を掻いた。
「ギルドの馬車へ戻ろう……」
「…………はい」
そそくさとその場を後にする私達の背中へ、ヒューヒューと祝福の口笛が贈られた。
「ホント、悪かった」
「本当ですよ。私は先輩の冷たい態度に傷付いて、昨晩ほとんど眠れなかったんですからね。反省して下さい」
「…………? 冷たい態度に傷付いたのか?」
「そりゃそうでしょう? キスの後に逃げられたんですよ? 女としてどれだけ惨めだったか」
「じゃあ、キス自体はおまえも嫌じゃなかったのか?」
「!」
バ~レ~た~。
「ウィー?」
「何のことやら」
キスは素敵だったよ。正直うっとりしたよ。でもルパートを喜ばせるのは癪だ。無理矢理ファーストキスを奪ったことはキッチリ反省してもらわないと。
「早くみんなの元へ行きましょう」
私は不貞腐れたがルパートは微笑んだ。そして手を握ってきた。指同士を絡める所謂恋人繋ぎというやつだ。調子に乗ってきましたね。
彼の指を振り解こうとしたが、むむ、かえって固く握られてしまったよ。にゃろう。これもまた嫌と感じない自分が腹立たしい。
幸せそうに笑わないでよ、馬鹿ルパート。
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