冒険者ギルドへ帰還です!

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「………………」 「………………」 「………………」  男達はなかなか口を開かなかった。アルクナイトは腕組をして、エリアスは手袋をした右手で口元を隠し、キースは額に片手を添えて馬車の座席にもたれ掛かっていた。  過去の経験の有無を尋ねるなんてデリカシーが無いことは百も承知だ。でも私だけ情報フルオープンはキツイんです。おぼこちゃんだとからかわれるのも。  少し経ってから、隣に座るアルクナイトが物憂げに私を見下ろした。  話を振っておきながら私は緊張した。500歳近いアルクナイトにはかつて何十人、何百人もの恋人が居た可能性が有る。それを告げられたらショックかもしれない。たとえ岩見鈴音が作った設定だとしても。 「……そうか、小娘はえっちなコトに興味が有ったのか……」  予想外の返答に馬車の座席からずり落ちそうになった。まず確認するのはそこかよ。 「えっちなコトとはアレだな? 男女が(むつ)み合うあのコトで間違いないよな?」  うきゃあぁぁ。念を押されて聞かれると恥ずかしさMAXだよ。 「そうだけど……、そこを掘り下げる?」 「大切なコトだからな。後々誤解が生じないように」  私から見て斜め前の席に着くエリアスも続いた。 「ロックウィーナはそういったことが苦手だと思っていた」 「怖いけれど関心は有ります。……そんな私を軽蔑しますか?」 「いや、苦手だと思ったからそちら方面の話題を遠慮していたんだ」  そう言われてみると……。故郷では男衆が猥談(わいだん)に興じて、女達は眉を(ひそ)めるってのが酒席での通常風景だったけど、ギルドのみんなで飲んだ時は差し障りの無い雑談だった。私に気を遣ってくれていたのか。ありがたいな。  エリアスが軽く咳払いをした。 「ええと興味が有るということは、話だけではなく、実技にもいずれ挑戦してみたい……で合っているか?」 「!…………」  アレですよね。エリアスさんは遠回しにお尋ねですが、直訳すると「ロックウィーナはセックスを経験してみたいのか?」という意味ですよね?  あうぅぅ。セクハラ魔王ではなく、紳士な勇者に念を押されるのは更に恥ずかしいぃ。数値がMAX超えて羞恥心メーターがぶっ壊れたよ。 「は、はい。いずれは……」 「そうか……」  顔から火が出そう。馬車内の温度が急上昇している錯覚も起きていた。  少し照れながら、しかし真剣な表情でエリアスが切り出した。 「キミの準備さえ整えば、私はいつだってお相手を務めよう」 「ほえ!?」 「キミが勇気を出して踏み出す最初の一歩の相手は、ぜひこの私であって欲しい」  ちょ、ちょ────っと待って!!  私は男性陣の女性遍歴を知りたかったんだけど。何故私の初体験の相手に立候補を!? 何だか流れがおかしいような。  慌てる私へアルクナイトが上から目線で物申した。 「小娘、アドバイスをしてやる。初めては慣れた相手にした方が絶対にいいぞ。初心者同士の契りは上手くいかないものなんだ。幸せな思い出にはならん」  気のせいじゃない。確実に私の望みとは違う方向へ話が()れていたー!!!! 「よし、指南役は俺に任せろ。男として482年間生きてきたからな、それなりの技術を持っていると自負している。ドンと胸を貸してやるから心配せずに飛び込んでこい」 「いいや、規格外の相手には気後れするものだ。まだ恐れの残る彼女には、そこそこの経験値を持つ私くらいが丁度いいだろう」 「おまえは駄目だエリー。体力勝負で乱暴にしそうだ。小娘が壊れる」 「ばっ……! そのくらいの加減は心得ている!!」  、その一点のみに男達は喰らい付いていた。飢えた猛獣の如き勢いで。一対一で話していたら、絶対にまた押し倒されていたに3万ゴル賭けてもいい。  だが冷静にピンクの空気を(はら)う者が居た。 「キミ達ときたら……! ロックウィーナの話をちゃんと聞いていたのか?」  天職は猛獣使いのキースさんが参戦した。今まで黙って会話を聞いていた彼は地の喋り方で、既にかなりイライラしているご様子だった。 「彼女は好きになった相手とじゃなきゃ絶対に嫌だと言っただろう? 技術や経験がどうとか、問題はそこじゃないんだよ」 「う……、それは……」 「怒るな白。ちょっとそこら辺を聞き逃しただけだ」 「役に立たない耳だね。切り落としたら?」  めっさ怖いこと言った。魔族の頂点に立つ魔王様が、キースの静かなる怒りにビビりながら応戦した。 「ふ、ふん白、技術が無い負け惜しみか? 刺激の無い退屈な寺院で奉仕活動をしていた、元僧侶のおまえはチェリーっぽいからな」  おいコラ何てことを。それは思っても口にしては駄目でしょう。処女であることにコンプレックスを抱く私は叫びたくなる。察したのなら頼むから放っておいてくれと。  しかしキースは哀しそうに微笑んで述べた。 「……僧侶と言っても寺院に居たのは一年半くらいだよ。それに、誰かと肉体関係を持ったことなら有るよ?」  え、有るの? 奥手そうなキースも経験済み!? 仲間内で私と同じ未経験者は一人も居ないのかな。残る希望は最年少のリーベルトか。  ぶーたれそうになった私は、次のキースの言葉に息を吞んだ。 「経験人数は男女合わせて八人程度かな。十人には届かなかったと思う。みんな僕の気持ちを無視して強行したクソッタレだったけど」 「あ……!」  アルクナイトがしまったという顔をした。エリアスも。そしてきっと私も。  キースは瞳の魔力で老若男女を魅了してしまうのだ。今は強力な防御障壁で相手を弾けるが、魔法に(つたな)い少年期は大変だったはず。  私はマキアに助けてもらったけど、キースには救いの手が間に合わなかった……。 「幼い頃からずっと僕は、親以外の者達に性の対象として見られてきたんだ。両親は僕を護ろうとしてくれたけど、それぞれすべき仕事が有ったからね、常に僕から目を離さないというのは不可能だった」 「白……」 「狙われて襲われ続けた僕を、両親は寺院に預けることにしたんだよ。俗世から離れて修行する僧侶なら、魅了の瞳に負けない精神力が有るだろうと考えたんだ。……でも結局そこでも駄目だった」  キースは選んで僧職に就いたのではなかった。寺院に避難していただけだったんだ。 「俺の思慮が足りなかった。許せ」  ツンデレ魔王が即座にキースへ謝った。偉そうな物言いだが魔王は非を認めた時は素直だ。エリアスは私へ頭を下げた。 「キース殿の言う通りだ。エロスに頭を支配されてしまい、キミの問題なのに勝手に話を進めてしまうところだった。すまなかった、ロックウィーナ」 「あ、いえ……私は大丈夫です」  デリケートな話題を迂闊(うかつ)に持ち出してキースを傷付けてしまった。思慮が足りなかったのはアルクナイトではなく私の方だ。  私もキースに謝らないと。 「ごめんなさい先輩。軽い気持ちで人の過去を知りたがったりして」  キースは私には自然な笑顔を向けた。 「いいんだ。もしも大好きなキミが僕を深く知りたいと願うのなら、キミの前に全てをさらけ出す覚悟が有るよ」 「深く知りたい……全てをさらけ出す……」 「白、言葉のチョイスがいちいちエロいぞ」  ブツブツ言う外野を無視してキースは続けた。 「さっき言った通り、僕は過去に何人もの相手に暴行されている。そんな僕を(けが)れていると思うかい?」 「思う訳がありません!!」  私は即答した。 「恥じるべきは乱暴した人達です。クソッタレ共です。先輩が気に病む必要なんてこれっぽっちも有りません!」 「ふふっ」  キースが私の頭をポンポンと優しく撫ぜた。ギルドでもよくやってくれたな。ずっと私にとって優しいお兄ちゃんだった彼。 「キミならそう言ってくれと思った。うん大丈夫、僕も落ち込むことは有ったけど、今はもう遠い過去だと割り切ってるよ。ケイシーがキミと同じように言ってくれたからね」 「ケイシーとはギルドマスターの禿ちゃびんか?」 「そう。寺院を飛び出して行き倒れた僕を拾ってくれた恩人。当時はSランクの凄腕冒険者だった。髪も有った」  キースは恩人のマスターと一緒に冒険者ギルドへ来たんだね。そして今は落ち着いて生活できているように見える。  キースがギルドの秩序維持に一生懸命な理由が解った。彼にとってギルドは(ようや)く手に入れた安全な家で、同僚は家族も同然なんだ。それを考えると切なくなる。 「ねぇロックウィーナ」 「はい」 「散々な体験をした僕だけど、えっちなコトには興味が有るよ?」 「ふぇっ!?」  キースも魔王や勇者のように迫ってくるのかと一瞬心配したが、それは杞憂(きゆう)だった。彼は魔法を詠唱する時のような穏やかな声音で囁いた。 「好みの相手にドキドキしたり、触れたいと思うことは自然な感情なんだ。そうやって人は後世に命を繋いできたんだからね。もちろん、相手の意思を無視して強引にしてはいけないけれど」 「………………」  前髪に隠れたキースの目尻が緩んだ気がした。 「だからキミも、えっちなコトを考えたからって恥じることはないんだよ」 「あ……はい!」  まさか励まされるとは。私のゲスい質問のせいで、つらい過去をみんなの前で暴露する流れになってしまったのに。 (こういう所がキースなんだよなぁ)  本気で戦えばアルクナイトの方が圧倒的に強いはず。それなのに魔王は文句を言いながらもキースを立てている。それはきっと、キースの本質を知っているからなんだろうね。  冒険者ギルド内で誰よりも後輩の面倒見が良いのはキースだ。職場に早く馴染めるよう様々な心配りをしてくれる。客として寮に長期滞在している、エリアスやアルクナイトに対してもそれは変わらない。  みんなそんなキースが好きなんだ。 「なぁエリー、俺達完全に背景と化してないか?」 「やっぱり私にとって最大の強敵はキース殿かもしれない……」  外野がゴチャゴチャ言っていたが、私はキースへ笑い返した。
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