冒険者ギルドへ帰還です!

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☆☆☆  馬車はひたすらフィースノーの街を目指して走った。自分達も早く戻りたいからと言って、短い休憩以外はずっと馬を制御してくれた御者の二人には感謝しかない。彼らには多大なボーナスで報いたいが、冒険者ギルドの(ふところ)事情はしょっぱいからなぁ……。  帰ったらバリバリ働いてギルドの収益増しに貢献しないと! (……あ。ルパートとデートの約束をしていたんだった)  今回の任務が終わったら二人で遊びに行こうと誘われていた。昼間の人が多い街へのお出掛けだから、これまでのようなエロい展開にはならないだろう。  買い物をしたり屋台で食べ歩きをしたり、公園のベンチに腰掛けてお喋りしたり、とっても楽しくて健全な男女の交流が待っている。 (おおお……! やっと私がしたかったデートができるんだ)  私はゆっくり異性との距離を縮めていきたいのに、押し倒しされ、キスマークを付けられ、昨夜に至っては直に胸を揉まれた。思い出すと穴に埋まりたい気分になる。  恋人や夫婦関係を良好に維持する上で、性行為が重要な要素の一つであるということは理解している。私だっていずれはしたい。  でも身体の関係になる前に、まずは心を通じ合いたいと思う。これは贅沢な望みではないよね? (て言うか、アイツ約束を忘れてないよね?)  ルパートから言い出してきたんだから大丈夫だと思うが、一抹の不安がよぎった。楽しみにしているのが私だけだったら切ない。  ガタン。  馬車が止まった。ついに私達はフィースノーの街、冒険者ギルドへ帰ってきたのだ! キースの懐中時計によると時刻は16時を少し回ったところだった。  即座にエリアスが扉を開け、先に降りて私をエスコートしてくれた。 「ありがとうございます。帰ってきましたね~」 「ああ。久し振りにベッドで眠られるな」  それも嬉しいが一番はシャワーだ! 今日は小さい浴槽も使わせてもらって、まんべんなく身体を洗おう。泡だらけになるんだ~~~~ウフフ。 「おう、お帰り。全員無事で何よりだ」  エントランスホールへ入った私達を、リリアナの代わりに受付カウンターに座ったギルドマスターの太い声が迎えた。ギルドを空けたのは一週間にも満たない期間なのに、ずいぶんと懐かしく感じてしまった。 「エリアスさんにアル、ギルドへのご協力ありがとうございました。ルパート、よくみんなを(まと)めてくれたな」 「あいよ。長距離移動で身体中がギッシギシだよ」 「だろうな。今日はこのまま上がっていいぞ」 「今日は? 明日も休みを貰えるんだろ?」  確認したルパートにマスターは首を振った。 「そうしてやりてぇんだが全員一度には無理だな。残ってくれていたヤツらがダウンしそうなんだ。あいつらには強制的に明日から三日間の有休を使わせる」 「ああ……そうだよな。セスの旦那を含めた四人だけで、ずっと休み無く出動班を回してくれていたんだもんな」 「おまえ達も疲れているのは承知の上で言う。すまねぇが内勤のリリアナ以外は一日二人までで、バラけて休みを取ってくれねぇか?」  私達は頷いて承諾した。 「そうなると……」  ルパートがすぐに組み合わせを決めた。 「明日の休みは公民館戦で活躍してくれたキースさん、それとまだギルドに慣れていないユアンだ。二日目はマキアとエンのバディ、三日目には俺とウィーが休みを貰う」  すぐにキースが噛み付いてきた。 「ちょっと待ちなさいルパート。ちゃっかりロックウィーナと一緒の日に休みを取ろうとしていますね?」 「いや俺達バディだし」 「以前出動して、僕とロックウィーナのバディも充分いけると証明しました。休む日を代わりなさい」 「うるせー。主任の僅かな役職手当で面倒くせぇ中間管理職やらされてんだ。このくらいの特権が有ってもいいだろーが!」 「……チッ」  舌打ちをかましたもののキースは引き下がった。管理職は確かに大変そうだ。  エリアスが申し出た。 「ルパート、いよいよ人手が足りなくなったら私も出動任務に参加するぞ。またおまえとデキているという噂が流れるかもしれないが、誰かが疲労で倒れてしまうよりは余程いい」 「ありがとな。ヤバくなったら声を掛けさせてもらうよ」  マスターが私達の中に紛れていたユーリへ視線を留めた。 「おまえさんがエンの義兄弟だな? アルからの手紙で詳細は知っている。今日からギルド職員として宜しくな」 「お世話になります」  ユーリは深々と頭を下げた。今は身を隠す為の臨時職員だけど、アンダー・ドラゴンの件が片づいたら堂々とできるよね? 将来はここの正規職員になってくれたらいいな。 「エン、独身寮最後の一部屋へユアンを案内してやってくれ。……それとアルに申し上げますが」 「何だケイシー」 「手紙の配達人にその……、空を飛んで人語を喋る猫を使うのはやめて頂けますかね?」 「何故だ」 「迎える側の俺が驚くからです」 「ふっ、案外肝が小さいな。アイツは外見こそ愛らしいがSランクの魔族だぞ。同じSランク同士仲良くせんか」  配下のお使い魔物は可愛いネコちゃんだったのか! 今度頼んで会わせてもらおう。 「よしみんな解散だ。明日もキースさんとユアン以外は出動になるが、今夜はゆっくり休んでくれ」 「はい!」  リリアナを除くメンバーがゾロゾロと独身寮へ引きあげていく中、ルパートがそっと私の手に、二つ折りされた小さな紙片を握らせた。そのまま彼は何も言わずに階段を上っていってしまった。 (んん、何?)  冒険者ギルド二階の自室へ戻った私は、手の中の紙片を広げてみた。 『休みの日、朝10時にギルド横の本屋で待ち合わせな』 (ルパート……!)  彼は約束を覚えていた。そしてデートできるよう、二人を同じ休みの日にしたのだ。 「ふふっ」  何故か笑いがこみ上げてきた。  旅の荷物を部屋の奥へ置いてから、シャワーセットを組んで同じ二階に在る浴室へ急行した。疲れているはずなのに足取りが軽かった。 ☆☆☆  お風呂は最高だった。気持ち良過ぎて湯船の中で寝落ちしそうになるくらいに。頭も身体も二度洗いした。つるピカ肌だし自分の髪がいい匂い♡ 「女、おまえも風呂だったか」  浴室から廊下へ出たタイミングで、隣りのドアから出てきたユーリと鉢合わせした。女性用と男性用の浴室は並びの構造だ。ユーリも湯上り状態で頬がピンク色に染まっていた。  ……そして、彼の横には弟分のエンも居た。 「………………」  エンは無言で私に会釈して、そそくさとその場を後にした。自分の部屋へ戻ったのだろう。それを見送ったユーリが苦笑した。 「なぁ女、アイツのこと、フッた?」 「…………!」  答えに困った。それでどうでもいい返しをしてしまった。 「……私の名前はロックウィーナだよ」 「え? 俺がおまえの名前を呼んでいいのか?」 「?」  ユーリからはよく解らない質問をされた。 「呼べば?」 「いや俺さ……、おまえに多大な迷惑をかけただろう? 気安く名前を呼ばれるのは嫌なんじゃないかと思って」 「へ?」  もしかしてユーリ、気を遣って私を「女」呼びしていたの? その結果として余計に失礼を働いているぞ馬鹿ちんが。 「女と呼ばれる方が嫌だよ。名前が有るんだから名前で呼んでよ」 「そういうもんか?」 「そういうもんよ」  少年時代から戦場に身を置いていたユーリには、一般常識が欠如しているのかもしれない。 「んじゃロックウィーナ、おまえにはエンの様子がおかしい理由が判るか?」 「………………」 「マキアと喧嘩したと聞いたが、エンが避けているのはマキアじゃなくておまえのような気がするんだ。昨日の昼までは、おまえに積極的に近付いてみんなを驚かせたアイツがさ」  しっかり観察されていた。 「……うん、私が原因。でもゴメン、これ以上は聞かないで」  昨夜のことを明かすとエンの立場が悪くなる。せっかくマキアが動いてくれたのが無駄になってしまう。 「今はそっとしておいてくれるかな? 急いで解決しようとすると、かえってエンとの関係がこじれてしまいそうなんだ」  私達には時間が必要だ。 「……そうか」  ユーリが片手で頭を搔いたのでシャンプーの香りが漂った。頭皮がシャキッとする男性に人気のやつだ。エンから借りたんだろう。去ったエンも同じ香りを残していったから……。 「アイツは俺以上に不器用だからな。迷惑をかけて悪いな」 「どうしてユアンが謝るの?」 「何となくだ」  微笑んだユーリからは首領の側近としてのピリピリした空気が消えていた。じっと見つめてしまった私へ彼は不思議そうに尋ねた。 「どうした? ロックウィーナ」 「……早くユーリって名前を呼べるようになるといいね」 「………………」  ユーリは私の洗い髪をくしゃっと撫でると、その手を上げて立ち去った。  エンのことが気になるだろうに、しつこく追及しないでくれた。エンが兄と慕うだけあってユーリも良い人だ。  ふう、と廊下の壁にもたれて一息吐いたところへ、また男性浴室のドアが開いて誰か出てきた。 「あ……!」  マキアだった。顔を見合わせた私達は妙にドギマギした。 「……はは、みんな風呂に集結したみたいだね」 「そうなるよね。旅の間はお風呂のことばっかり考えていたもん」 「男は人数多いからシャワーの争奪が大変だったよ? エリアスさんとアルが肉体美を競ってポージング始めたり、もうゴッチャゴチャ」 「あはは……。まだ誰か入ってるの?」 「いや俺で最後。みんな部屋に戻ったんじゃない?」 「そっか……」 「うん………」  会いたかったのに何故か気まずい。自然に言葉が出てこなくてぎこちない会話となった。マキアと話したいことがいっぱい有ったはずなのに。  互いに少し沈黙した後、マキアがつらそうな顔をした。そして私へ聞いたのだ。 「ロックウィーナ、泣きたいんじゃない……?」 「!…………」  その瞬間、私の両眼から涙が(こぼ)れて頬を伝った。  自覚は無かった。でもマキアの言葉で自分が泣きたかったんだと思い知った。  エンに襲われて怖かった。そうなってしまったことが哀しかった。それなのに誰にも言えなくて、相談できなくて、無理やり感情を押し込めてしまっていたんだ。  私の頬に引かれた涙の線を、マキアが肩に掛けていた自分のタオルで優しく拭いた。前にも彼に顔を拭かれたことが有ったなぁ。  マキアと二人だけの廊下。私はしばし声を殺して静かに泣いた。そんな私にマキアは黙って付き添ってくれていた。
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