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素直になりたくて
ギルドへ帰還した翌日、キースとユーリが休みを貰った日。
冒険者ギルドには様々な依頼が持ち込まれるが、中には冒険者に敬遠される依頼というものが存在する。ランク別に定められている、最低報酬しか貰えない依頼がそれだ。命を懸けたのに見返りがしょっぱくては、冒険者のヤル気が削がれてしまうのも無理はない。
逆に報酬がべらぼうに良くても、難易度が高過ぎて冒険者が挑戦できない依頼も存在する。AランクやSランクの冒険者パーティーは数が少ないのだ。
まぁそんなこんなで、私とルパートは手付かずだった依頼の一つを消化する為に出動していた。Dランクフィールドで鳥系のモンスターをひたすら狩るクエストだ。
一体一体の強さは大したことないのだけれど、集合性が強いムクドリが闇進化したモンスターなので阿保みたいに数が多く、更に空の敵なので黒魔術師か射手が居ないと詰む。だから不人気依頼として二ヶ月間近くも放置されていた。
放置依頼の全てを片づけることは人手不足で不可能だが、できる限りはこうして救済するようにしている。(三ヶ月経っても達成されなかった依頼は破棄。依頼主に委託金が返金されるよ)
「風の刃よ、鋭き空の王の爪よ、我らを囲む敵を切り刻め!」
ルパートが得意のかまいたち魔法でモンスターの大半を倒し、魔法の隙間を縫って接近してきた数羽を私が鞭で叩き落とした。
いいコンビネーションだと我ながら思う。ルパートが魔法を使えることを早く打ち明けてくれていたら、もっともっと依頼の数をこなせていただろうに。強い敵が棲息するフィールドへも赴けたはずだ。
でもきっと彼は、私を危険なフィールドへ連れていきたくなかったんだろうね。僅かに付く危険手当の為に怪我をさせたら馬鹿馬鹿しいと思って。
(……………………)
今なら解る。私にばかり荷物を持たせたのは、いざとなったらルパートが私を護って戦う為。トイレで遅くなった時にからかってきたのは、モンスターが居るフィールドで私が独りになる時間を減らしたいから。そして私を戦わせないように回収のクエストばかり選んでいた。
「な、何だよ」
戦闘後、じっと見つめる私にルパートがたじろいた。
まったく、照れ屋か何だか知らないけど、私は鈍いんだからもっと解り易く気持ちを伝えてよ。あなたの優しさに気づけなくてずっとスルーしてたじゃないか。
……感謝どころか私、悪態ばっかりついていたよね。
「ありがとうございます先輩。いつも護ってくれて」
今からだって遅くない、素直になろう。まずは積極的に感謝の気持ちを伝えるんだ。
「え、ええ!?」
礼を言われると予想していなかったのか、ルパートは明らかに狼狽えた。
「いや、おまえだって戦ったじゃん」
「はい。でも先輩が前面に立ってくれたので余裕を持って挑めました。だからありがとうございます」
「どうしたんだよ急に」
私は苦笑した。ルパートはルパートで素直に礼を受け取ることができないでいた。長年いびつな関係を築いてきた私達は、仕事の後にお互いを労うことすらままならない。
「私は気が強いので、条件反射でつい憎まれ口を叩いてしまいますが……」
「………………」
「先輩には感謝しているんですよ、これでも」
「……そっか」
漸く気持ちが伝わったようで、ルパートは嬉しそうに微笑んだ。
見つめ合うこと数秒間。あ、コレちょっとヤバイ展開が来るかなと私は身構えたのだが、ルパートは顔をつい、と空へ向けて本日の戦果を告げただけだった。
「二百羽以上倒したから群れは消えたな。クエスト達成と見ていいだろう。ギルドへ帰るぞ」
あれ?
「どうした、キョトンとして。それに何で猫足立ちになって構えている?」
「いや絶対に先輩が身体を触ってくるか、キスを狙ってくるかの二択だと思ったので」
「おまえカウンター入れる気だったのかよ。あのなぁ……」
ルパートは左手を自分の額に添えた。頭が痛いのポーズだ。
「……前に無理やり押し倒したことを反省してるんだよ。おまえの気持ちを無視してコトを進めたりはもうしないから」
自己を省みるのは良いことだよね。成長に繋がる。でもさ、
「その後に開かれた誕生日の夕食会で、ほっぺにちゅーしてきましたよね? 不意打ちで」
私は納得できずに突っ込んだ。
「一瞬だったじゃん! アレくらいはいいだろう?」
「良くねーよ。いいと思うんならどうして今はしないんです? あ、誘ってる訳じゃないですよ?」
ルパートはふ~っと音を立てて深く息を吐いた。
「……頬にキスは周りにみんなが居たからできたんだ。気持ちが昂ったとしても、仲間の存在がストッパーになっておまえを押し倒すことは無いだろうって」
「…………え」
私は周囲を見渡した。人っ子一人居ない。残った僅かな鳥のモンスターも散り散りになって逃げていった。
「ええと、誰も居ない所でキスなんかしちゃったら止まれない感じですか?」
「そうだ。今けっこう我慢してる状態だ」
げ、そうなの!? 我慢ってアンタ……。
「いやいや先輩、いつモンスターと遭遇するか判らないフィールドで、最後までは流石に無理でしょう」
「この俺がDランクのモンスターなんぞに後れを取るかよ。やろうと思えば確実に最後までできるわ」
「ヒッ!?」
そうだ元聖騎士のこの男、めっぽう強いんだった。それに風魔法で近付く者を感知できるんだった。私は一気に怖くなった。
「きゃあ! 先輩ったら青カンする気なの!? 変態!!!!」
「おまえは! 未経験のクセに余計な知識ばっかり仕入れてんじゃねー!!」
「しませんよね? こんな所でしませんよね?」
「されたくなかったら荷物をさっさと持て! 帰んぞ!」
「はいぃ!!」
慌てて地面に置いておいたショルダーバッグを持ち上げた。モンスターの肉片がちょっぴりこびり付いていたので掃った。ギルドへ着いたら洗わないと。
「そ、それでは馬車へ、も、戻りましょうか先輩……」
「……ばーか。あのな、そんなに怖がんなよ」
ビクビクしている私へルパートは柔らかく笑った。
「急いで先は望まないよ。明後日デートするんだもんな? 俺達」
「あ、はい……!」
健全できっと楽しい街デート。それを思い出した私の心は多少の落ち着きを取り戻した。
「でもデートと言ってもまだお試しですよ? 恋人になった訳じゃないですからね?」
ああまた可愛げの無い台詞を言ってしまった。
「解ってるよ」
ルパートは笑ってくれたが少し哀しそうだった。私の罪悪感が反映してそう見えているのだろうか。
(素直になるんじゃなかったの?)
私は息を吸ってからルパートを見上げた。
「恋人じゃないけど……でも」
言うんだ。素直な気持ちを。
「先輩とプライベートでお出掛けするの、すごく楽しみです!」
「!…………」
言えた。ルパートはまた笑ってくれた。私も。
☆☆☆
ギルドへ帰還した翌々日、マキアとエンのバディが休みを貰った日。
「俺は新人ユアンの補佐に付いて、今日は彼と二人で出動しようと思う」
ルパートが意外なことを言い出した。いや主任としては至極真っ当な意見なのだが……。いつもルパートは私と離れようとしないので驚いた。
休み明けのキースが質問した。
「僕のバディのセスはまだ有休中です。となるとあぶれた者同士、僕とロックウィーナが組むことになりますよね?」
「ああ。今日はウィーを頼むよキースさん」
「ルパート……。大人になったのですね」
キースは慈愛に満ちた微笑みでルパートを讃えた。支部の赤い防護ベストを着用したユーリも尋ねた。
「んでルパート主任、今日俺は何をすればいい?」
「Cランクフィールドでモンスター討伐だ。改めて腕を見せてもらう」
「了解」
「僕とロックウィーナは?」
「Dランクフィールドで薬草の採取を頼むよ」
キースが首を傾げた。
「薬草……ですか。僕は魔法の媒体となる物にはそこそこ詳しいですが、薬草の知識をほとんど持っていません。図解された指示書は有りますか?」
「心配いらない。専門家が同行する」
「はっ? 同行!?」
私とキースが目を丸くしたタイミングで、後方から野太く明るい声が響いた。
「おっはよー。ウィーにキースちゃん♡」
我らが冒険者ギルドの常勤薬師マーカス(独身34歳)が、すっごくイイ笑顔を振り撒いて歩いてきた。あからさまにキースが嫌そうな顔をした。
「マーカス先生……、あなた戦えませんよね? 付いてこられると邪魔なんですけど」
「だからキミ達二人で俺を護ってなー。綿で包み込むように優しく♡」
「真綿で首を締めたい気分ですね」
マーカスはかつて将来を嘱望された、高度な外科手術も出来る優秀な若手医師だった。しかし腕と愛嬌がすこぶる良い彼は女性問題で大きくやらかした。
同時に複数交際は当たり前、果てには貴族の奥方にまで手を出してしまい、怒った夫側から圧力を掛けられたマーカスは、医師免許を剝奪された上で当時勤務していた大きな治療院を解雇された。そうしてブラック企業の冒険者ギルドへ流れ着いたという訳だ。幸いにして薬の調合免許までは奪われなかったので、現在は薬師として働いている。
出世街道からドロップアウトしたにもかかわらず、性格は明るいままで異様な女性好きも治らなかった。もはや病気だ。
彼の診療を受ける際は必要以上に身体を触られるので、いつも後ろでルパートが睨みを利かせてくれている。
「そういうことで、マーカス先生の護衛と薬草採取を頼むよ。よし準備ができたな、ユアン出るぞ」
「あいよー」
「待ちなさいルパート! キミは最初から僕とロックウィーナを二人きりにしないつもりでしたね!?」
「当たり前じゃん。前回二人にしたらまんまとウィーにプロポーズしてんだもん。危ねぇったら」
「へっ? キースちゃんてばウィーに惚れてたん!?」
「それは今いいんです。どいて下さい先生、ムカつく金髪ロン毛と話をつけなくては……!」
「えー聞きたいー。キースちゃんマジで奥手じゃない、どうやってプロポーズまで漕ぎ着けたん?」
「ああ行ってしまった……。ルパートあの野郎、覚えておけ!!」
「あれぇ? キースちゃんキャラ違ってね?」
結局キースと私は仕事だと割り切ってマーカスと一緒に出動した。
やっぱりと言うか道中、マーカスに根掘り葉掘り二人のことを聞かれた。どちらが先に好きになったのかとか、何処までヤッたのかとか。非常にウザかった。
私よりも先にキースが、うるさいマーカスの左ふくらはぎにローキックを叩き込んでいた。
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