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「説明をお願いします師団長。何をなさっているんですか?」
ルパートが憮然とした表情で質問を繰り返した。ルービックは気まずそうに答えた。
「あー……、別に意識してデートを覗こうとした訳じゃないぞ? 私とエドガーは昼飯のついでに、マシューに街を案内してもらっている最中だったんだ。おまえとロックウィーナにここで再会したのは完全に偶然だから。キスの瞬間に立ち会ってしまったのも。ちょっとした運命の悪戯というヤツだな」
ぎゃっはぁ! キスする直前ってバレてたぁ!!
デートを知り合いの誰かに見られる危険は覚悟していた。職業柄、私達は沢山の冒険者達と顔馴染みになるから。でも聖騎士とエンカウントするとは予想していなかったよ。
私はあわあわして、ルパートは低い声で三度目の質問をした。
「……王都に戻ったはずの皆さんと、何故ここフィースノーの街で遭遇することになったのか、俺はそこをお聞きしたいんです」
「キスを邪魔したことに対しては怒ってないのか?」
「怒ってますよ。怒ってますけれど、まずは状況を確認したいので」
「私情よりも状況把握を優先させるか。流石だなルパート、私が目を掛けた男だけのことはある」
「そういうのはいいんで、早く質問に答えて下さい」
「うむ、それがだな……」
ルービックは声を潜めはしたものの、あっけらかんと答えた。
「現在我々は暗殺者から逃亡中なんだ」
「は!?」
「いやまいったまいった、ホント大変」
本当に困ってます? 「ファンの女性にしつこく追っ掛けされてキッツ」みたいなノリで言ってるけど。
当然事態が掴めずに目をパチクリさせたルパートと私。
「あの、お話がまるで見えてこないのですが」
「ですよね~」
キスを邪魔した戦犯・マシューがヒョイと、ルービックとルパートの間に身体をねじ込ませた。
「詳しくご説明したいので、ルパート先輩とロックウィーナも一緒に食事しましょう。完全個室の落ち着いた店に予約を入れてあるんです。二人くらい増えても大丈夫ですから」
「いや、俺とコイツはさっき食ったばっかなので」
「ほう、混み合う前に済ませたか。無駄のない行動、流石だなルパート」
「師団長、いちいち褒めて下さらなくていいんで」
はは。ルービックはかなりルパートを気に入っているようだ。年の離れた弟みたいな感覚なのかな。
「ね、飲み物だけでも一緒に。ご相談したいことが有るんですよ~」
「すまない二人共。数時間だけ付き合ってもらえないだろうか?」
マシューの背後からエドガーが一歩前に出てきた。真面目な彼にまで頼まれるとなると、事態はそれなりに緊迫しているのだろう。
ルパートと私は顔を見合わせた後に頷いて、聖騎士チームと行動を共にすることにした。デートはこれで終わりになりそうだな。楽しかっただけにちょっと残念……。
でも暗殺なんてワードを聞いたらそのままにしておけないよね。ルパートもそう考えたんだろう。
マシューに連れてこられた店は所謂高級レストランだった。普段の私なら絶対に立ち入らない店だ。柱も床も店内の装飾も立派なのだが、こういった空間に慣れていないせいか少し冷たいイメージを持った。
黒いベストを着た中年の従業員が恭しくお辞儀をした。
「マシュー様、お待ちしておりました」
「二人増えたんだけど、彼らの分も席を作ってもらえる?」
「はい。すぐにご用意致します」
従業員と顔見知りか。マシューはフィースノー地方を治める男爵の子供だったな。気さくな青年なので貴族ということを忘れそうになる。実家がこの街に在ると言っていたし、ここは彼の馴染みの店なんだろう。
広い個室へ案内されて私達は席に着いた。飲み物メニューを見ている私へマシューが声を掛けた。
「ロックウィーナ、この店はデザートのケーキがとても美味しいんだよ。食べてみない?」
「うーん……私、オムライスとフルーツサンデーをカフェでガッツリ食べちゃったんですよ」
「もう入らない感じ?」
「ケーキくらいならいけそうですが、太りそうで」
会話を聞いたルパートが笑って否定した。
「おまえは毎日訓練して戦士としての身体を造っているから大丈夫、太りにくい体質だよ。ちょっとぐらい多めに食べても気にするな」
「俺もそう思うよ~。もし残したら俺が食べてあげるからさ」
「いや中隊長、その場合は俺が残りを引き受けますんで」
それだと公開間接キスになるじゃん。意地でも残さずに食べるわ。
それぞれオーダーを済ませた私達は、従業員が退室するのを待ってから本題に入った。
「師団長、先ほど話されていた暗殺者とは何のことです?」
切り出したルパートへ、ルービックは重い事実をさらりと打ち明けた。
「騎士団の団長と相談した上でな、私、エドガー、マシューの三人が連名で、アンダー・ドラゴンと繋がっていたグラハム・ロニックを告発したんだよ」
「ええっ、もう告発されたんですか!? 思い切りましたね!」
これには私も驚いた。いろいろと面倒なことになると以前ルービックが語っていたので、根回しに時間をかけると思っていた。
「逃げる隙を与えたくなかったんでね、速攻勝負に出た。それでグラハムと奴の側近は留置場へ送ることができたんだ」
グラハムざまぁ。凶悪犯罪組織に兵団の情報流して汚い報酬を貰っていた男だ。同情はしない。
「そして更に、グラハムに便宜を図っていた議員や軍の高官の身辺が洗われることになった」
「なりほど……今、王都の中央議会は大変な状態なんですね」
「ああ。裁判の際には、私達とギルドに預けているユーリ……、ユアンが証言者として出頭しなければならない」
「それで暗殺ですか」
「そう。私達に証言されると困る人間が必ず暗殺者を放つはずだ。第七師団所属の兵士は通常訓練を行っているが、告発者である私達聖騎士三名はしばらく身を隠すよう団長に指示された」
微笑みながら普通に話しているけど、ルービック達は物凄く危険な状況下に身を置いているのでは?
「あの……騎士団の団長は皆さんの味方なんですよね?」
不安になり口を挟んでしまった私へ、ルービックは力強く頷いた。
「団長なら大丈夫、信頼できるお方だ。彼も聖騎士で、かつて私を騎士団へスカウトした人物だ」
ああ、王都の(自称)自警団だったルービックを何度も補導した人か。
「副団長は聖騎士ではないが、彼も不正を憎む清廉な男だ。ここに居るマシューの叔父でもある」
「マシューさんの……。それは心強いですね!」
癖ッ毛の中隊長はニッコリ笑った。
「それで潜伏先に俺の実家を選んだんだ。エリアスさんのモルガナン家ほどじゃないけど、我がエディオンも軍人の家系でさ、それなりに強い私兵が大勢居るんだよ。もし居場所を知られて暗殺団が襲ってきても、返り討ちにしてやれるだけの武力が有る」
裁判が終わるまで注意が必要だが、聖騎士達は取り敢えず護られる環境に居るようで良かった。
「ルパート、いずれまた冒険者ギルドへ挨拶に出向くが、マスターのケイシー殿に今話したことを説明しておいてくれ」
「承知しました」
「それとなルパート、その堅っ苦しい喋り方はどうにかならんか?」
「はい?」
「聖騎士時代はもっと砕けた感じだっただろう? 私を兄のように慕ってくれていたじゃないか」
あ、やっぱりルービックはルパートのことを弟として見ていたか。
しかしルパートは頭を左右に振った。
「俺は同僚を殴り、大怪我をさせた罪で除名された身ですから」
まだ距離を置こうとする彼へ、ルービックは哀しい目を向けた。
「……私がおまえの立場でも同じことをしただろう。あの時は優秀な後輩を護ってやれなかったと、聖騎士全員が落ち込んだものだ」
エドガーも重々しく口を開いた。
「師団長の言う通りだ。私は当時別の師団に居たんだが、ルパートの悪評を人伝に聞いて愚かにも信じてしまった。それが彼を妬む者によるでっち上げだと知ったのは、ルパートが除名されて騎士団を去った後だった。己を恥じたよ。噂を鵜吞みにして、苦しんでいた後輩へ何もしてやれなかったんだからな」
マシューも真剣な表情で追随した。
「俺はその当時まだ騎士団に居ませんでしたけど、大まかな経緯は先輩達から聞きました。殴った相手はあなたの親友でありながら酷い裏切り行為をした男ですよね? 怪我をさせて治療院送りにしたことは騎士の振る舞いに反する行為かもしれない……、だけど俺はルパート先輩を支持しますよ」
みんなの言葉を聞いて項垂れるルパートへ、ルービックは優しく声を掛けた。
「八年前の事件だったが、おまえにとってはまだ解決していないことなのかもしれないな」
「………………」
キュッと口元を結んだルパート。図星だったのだろう。裏切ったのは幼馴染みと、結婚まで考えていた女性だったんだもん。
ルパートが元聖騎士だったことを長らく私達に隠していたのは、きっと過去を思い出したくなかったからなんだ。
ルービックが続けた。
「だがそれと私達の関係は別問題ではないかな? 一人っ子の私は、おまえが入団した時にヤンチャな弟ができたようでとても嬉しかった」
「師団長……」
エドガーがうんうん頷いていた。
「そう言えばルパートは入団時、自信家で無鉄砲で師団長の若い頃にそっくりだと噂されていましたね。落ち着いた青年となったルパートとは違い、師団長は今もまだ無鉄砲なまますが」
「そこはいいからエドガー」
隣に座る側近を制してから、ルービックはルパートへ向き直った。
「おまえを弟と思う気持ちは今も変わらない。家族だと思っている」
エンもユーリを家族だと言った。キースも冒険者ギルドの仲間を大切にしている。命懸けの職場で働く仲間達には強い絆と情が生まれる。
「俺だって、ルパート先輩と兄弟のように接したいと思ってるんですよー?」
「そうだな。ルパート、私一人では師団長とマシューの暴走を止めることがキツイ。ぜひおまえにも参加してもらいたい」
「エドガー、その言い方はどうかな」
「今朝だって街探索~とか言って、一人で出掛けようとしましたよね? 単独行動は控えて下さいと何度もお願いしたというのに」
「いやあの、そのことは反省してるから、ここでは……」
ぷっと、ルパートが軽く噴き出した。聖騎士達の温かい雰囲気に当てられて少しだけ気が楽になったようだ。
漸く笑ってくれた彼を見て、同じテーブルを囲む私達も自然と頬が緩んだ。
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