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「それじゃルパート先輩、これから俺には丁寧語無しの気楽な話し方にして下さいね!」
早速マシューが距離を詰めてきた。ルパートは苦笑しつつも彼の申し出を受け入れる態度を取った。
「中隊長が俺に対して敬語を消して下さるのなら」
「えっ、俺もタメ口にしていいんですか?」
「ええ」
「……うわ、どうしようマジで嬉しい。本気で俺、ルパート先輩と仲良くなりたいって思ってたから……」
さっきまでの積極的態度は何処へやら、マシューは急にもじもじ照れ出した。隠れ陰キャらしいからな。同僚と仲違いして騎士団を去ったルパートに、自分と同じ闇を感じているのかもしれない。
場が和んだタイミングで給仕が登場し、私とルパートに紅茶と茶菓子を、聖騎士達にはワインと前菜が運ばれた。
ルービックが赤ワインの注がれたグラスを手に取った。
「乾杯といくか」
全員がグラスやティーカップを軽く上に掲げた。
「再会を祝して! そしてルパートとロックウィーナ、交際おめでとう!」
「!」
動揺して手がブレた私とルパートは紅茶を零しそうになった。
「……師団長、あのですね、訂正したいことが」
「ルパート、語調が固ーい。そんな態度は寂しーい。マシューだけではなく私にもタメ口で話せよ。昔はそうだったろ?」
駄々をこねたイケオジに軽く引いたが、二人はそこまでフランクな仲だったのかと私は驚いた。それだったらルービック、八年ぶりに再会した弟分に敬語で距離を取られたら哀しくなるやね。
はあぁ、と息を吐いたルパートはついに降参した模様だ。
「解ったよ、ルービックさん。これからは前のようにさせてもらう」
「おう」
ルービックが満面の笑みとなった。そしてルパートは私をチラリと窺ってから聖騎士の誤解を正した。
「祝福してもらって悪いが、俺とウィーはまだ正式に付き合ってないんだわ」
「えっ」
「そうなのか?」
「うん。今日はまだお試しデート。他の男達を出し抜く形で決行したから、冒険者ギルドへ行った際は黙っててもらいたい」
みんなにバレたらどうなるか。激昂した魔王と勇者によって冒険者ギルドが倒壊するかもしれない。忍者に至ってはルパートを闇討ちに来るかも。一番怖いのは普段穏やかな元僧侶だったりするが。
「ええ~先ぱーい、付き合ってない女のコを路地裏に引っ張り込んで、無理矢理ちゅーしようとしたの~?」
マシューに的確に突っ込まれて、ルパートは「うっ」と声を漏らした。
「あれは……その……」
「その、とは? どうしてあんな行動に出ちゃったのかなー?」
ニヤニヤしながらマシューが追及した。絶対面白がっている。
「……チャンスだったから……」
「少ないチャンスをモノにしようとしたのか、流石だなルパート」
弟属性大好きなルービックが肯定したが、常識人エドガーは苦言を呈した。
「いや付き合っていない相手にキスは早いだろう。してもいいかロックウィーナに事前確認をしたのか?」
「それは……」
ルパートがまた私を見て、聖騎士達の視線も私に注がれた。ひぃ。
「……確認、してないな。不意打ちだった」
自嘲したルパートへ聖騎士達のしっせきが飛んだ。
「駄目じゃないか」
「おまけに街中だもんね。知り合いに見られたら噂になっちゃうよ?」
「ううむ……ロックウィーナは純情っぽいからな……、もう少し時間をかけてあげるべきだったな」
ルパートは言い訳せずに聞いていた。このままでは彼が悪者にされてしまう。
「あのっ」
私は裏返った声で発言した。
「先輩、悪くないです。確認は無かったけど……その、私……キスを受け入れるつもりだったので……」
語尾が消え入りそうに小さくなったが何とか言えた。今日のルパートは本音で私と接してくれた。私だって素直にならなくちゃ。
また全員の視線が私に集中した。
「ウィー……?」
ルパートが信じられないといった表情をしていた。うわあぁん、恥ずかしいからこっち見んな。
「ええと、ロックウィーナ、受け入れるって……、キミはルパート先輩に恋をしているの……?」
遠慮がちに確認してきたマシューへ何と答えたらいいのだろう。
私はルパートに恋をしている? 確かに惹かれていると思う。彼の良い所をたくさん知って見直した。でも六年前のように真っ直ぐに突き進む情熱はまだ無い気がする。
……いいや、今の気持ちをそのまま言おう。
「恋かどうかは判りません……。でも先輩とのデートは本当に楽しくて、キスをされそうになった時も……嫌じゃなかったんです……」
「ロックウィーナ、キミは……」
「はいマシュー、そこまでだ。女性に立ち入った質問をするべきではない。男だけに囲まれてあれこれ聞かれるのは怖いだろうしな」
エドガーが軽く両手を広げて制止してくれた。
「……あっ、そうだよね、ごめんロックウィーナ」
助かった。羞恥心MAXで口から魂が抜けかけていた。マリナ、あなたが好きになったエドガーさんは滅茶苦茶イイ人だよ。迷わずアタックしなさい。
「よし、みんな食事に集中して一旦冷静になろう」
ルービックに言われて皆は自分の前に置かれた皿と向き合った。私もマシューに勧められて注文したショコラケーキを口に運んだ。
あ、カカオが濃厚で美味しい。甘さが心を落ち着けてくれる。こんなに美味しいのなら別のケーキも試したくなるな。ルパート曰く私は太りにくい体質らしいから、もう一つオーダーしておけば良かった。失敗した。
(……………………)
ふと、岩見鈴音のことを思い出した。あのコは逆に病気で太りやすい体質だ。カロリーの塊のようなこんなケーキはなかなか食べられないのかもしれない。
(健康で太りにくい私……。あの少女は私を理想だと言っていたけど、私のように元気に過ごしたいんだろうなぁ)
ケーキの最後の一口を、やけにほろ苦く感じた。
☆☆☆
食事を済ませて私達はレストランを出た。マシューが全員分を払ってくれようとしたが、私とルパートの飲食代はルパートが出した。お高い店だったが、頼んだのが幸い紅茶とケーキだけだったので、そんなに負担はかけていないはず。
聖騎士達と別れた後、私はルパートへごちそうになったお礼を述べた。
「ありがとうございました先輩。今度食事した時は私がお返しに奢りますね」
「ああ、頼むな」
そう言って笑うルパートは、私がお金を出す次の機会にはたぶん安い店を選んで入りそうだ。
「……そろそろギルドへ戻らねぇとな」
「はい……」
まだ日は高い。14時になったばかりだ。だけどあまりにも長い時間、私とルパートが揃って冒険者ギルドを留守にしたら皆に怪しまれてしまう。名残惜しいがここいら辺が引き上げ時なんだろう。
私達は連れ立って歩き出した。
レストランは住宅街に在る隠れ家的なお店だったので、大通りと比べて路に人はあまり居ない。少し進んだ所でルパートがボソッと話し掛けてきた。
「なぁ、さっきの話……」
「はい?」
「キスのこと……」
「………………」
恥ずかしい話題を蒸し返されて、私はルパートの方を見られなくなった。
「受け入れるつもりだったって……嫌じゃなかったって……、本当か?」
足元へ視線を定めているのに、足がもつれて歩調が乱れた。
「あの時は……そうでした」
「あの時は……か。今は?」
ルパートは私の肩を掴んで歩行を中断させた。
「!……」
反射的に見上げたルパートの顔は、私以上に緊張しているように見えた。
「今は、もう俺が嫌か……?」
「………………」
「答えてくれ、ロックウィーナ」
愛称ではなく正式名で呼ばれた。彼は本気だ。適当な誤魔化しはできない。
「判らない…………。先輩と居るとドキドキします。でもこれが恋なのかどうか、本当に判らないんです」
「それはまだいい。俺だってつい最近おまえへの気持ちに気づいて戸惑って、まだ心の整理がついていない状態なんだ」
私のことだけじゃなく、昔の恋人と親友のことも。ルパートはまだあの二人との過去を引き摺っている。
「俺も……どうしていいか判らなくなることが度々有る。だけどおまえのことがどうしようもなく好きなんだ。これだけは信じてくれ」
「先輩……」
それはもう知っているよ。七年間、護り続けてくれたんだからさ。
「俺に触れられることが嫌かそうじゃないか、それだけ教えてくれ」
肩を掴む彼の指が微かに震えていた。それが切なくて、とても愛おしく思えた。
「嫌じゃ…………ないです」
ルパートは安堵して一瞬顔を緩めた。しかしすぐに引き締まった表情に戻った。
「ウィー……」
そして己の顔を私へ近付けた。今度こそキスをしようとしていた。
駄目だよルパート。人通りが少ないからってゼロじゃないんだよ。こんな道の真ん中でキスしたら誰かに見られるよ?
それに……。
(私もルパートもまだ気持ちの整理ができていない。そんな状態でキスしてもいいのかな?)
迷いが有った。だのに私は瞼を閉じた。そしてルパートの唇が触れた途端に全てがどうでも良くなった。
「………………」
理性を司る脳が上手く機能していない気がする。
柔らかく温かい彼の唇が、私の唇を軽く吸った。私は逃げずに彼の背中へ自分の手を回した。彼もまた私を強く抱きしめて、口づけは深いものへと変わっていた。
「………………」
激しいキスに恐怖した。そしてそれ以上に大きな興奮を享受した。ああ、まるでキースの瞳に魅了された時のようだ。
心臓のポンプが最強モードで稼働して、全身へ血液を急速供給しているのか、のぼせそうに身体の中が熱い。
出動中は器用で何事もそつなくこなすルパート。ベッドでの彼はどんな感じなんだろう? 私をどんな風に愛するんだろう?
(ふわあぁっ!! 何考えてんの私!)
大胆な思考に脳の大部分が侵食されていた。
(しっかりしろ! 今はまだ先へ進む段階じゃない!)
ぐぬぬ。気合で煩悩を押し留めた私は、顔を背けてキスを終わらせた。ルパートはまだ私を求めていたが、彼の腕を外して身体を離した。
「……ウィー?」
我慢がつらい。でも私は頑張って笑ってみせた。
「今日はここまで。小さい子供も居る住宅街でえっちなコトしてちゃ駄目ですよ。さ、帰りましょ」
「あ、うん……。そうだよなスマン、暴走しちまった」
ルパートは照れ笑いをしてあっさり納得してくれた。キスができて満足そうだった。
真の暴走馬車は私の方だ。キス以上のことを望んでしまったのだから。口づけしていた最中、絶対にルパートよりえっちなコト考えてた。
(危なかった……。恋を自覚する前に性欲に呑まれそうになるなんて)
昼間の街デートで良かったと、つくづく思った一日だった。
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