合宿中は恋のフラグが乱立する!?

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 私とルパートは並んで腰掛けた。21時過ぎの完全な夜に。人目を遮断する大樹の陰に身を潜めるように。  ……身構えなくていい。隣の長髪はいつも一緒に居るルパートお兄ちゃんだ。口が悪くて人の恋人候補を勝手に遠ざけるお邪魔虫で、仕事以外の用事も言いつける俺様野郎で、だけどずっと私を護ってくれていた頼もしいイケメンで……。 (だあっ!)  ルパートの良い要素は思い出しちゃ駄目! 今この瞬間に必要無い!  私は頭を抱えた。わあぉ。ルパートの風魔法のおかげでサラッサラに乾いている。手櫛(てぐし)だけで整う髪、サロンクオリティ。あの風ってば、トリートメント効果も有るんじゃないかしら。 「……何かさ」  ルパートが空で輝く三日月を見ながら口を開いた。 「俺達はほぼ毎日一緒に居たからさ、おまえと離れて行動するって……、何か気分が落ち着かないんだよ」  改めて考えてみると異常だよね。休日も何だかんだで一緒に過ごす日が多かった。そりゃーお互い恋人なんてできる訳が無いよ。ハハハ……。  そして自分の鈍さに呆れてしまった。  ルパートがずっと私に惚れていたというのは事実だろう。気の無い相手に毎日付き纏う人間なんて居ない。嫌っていたらバディを解消していただろうし、無関心ならプライベートな時間にまで声は掛けない。  とても簡単な答えだったのに、一度振られたことで私は何も見えなくなってしまっていた。ルパートが私の傍に居たのは私を好きだったからなんだ。 (まー、当のルパート本人も恋心に気づいていなかったんだけどね!)  何てお間抜けな二人。貴重な二十代前半を思いっきり無駄に消費してしまったよ。せめてねぇ、もっと早くルパートが気づいて告白してくれていたならなぁ。  そのルパートは月に目線を定めたまま、静かな声で聞いてきた。 「おまえはどうなんだウィー。俺とは別行動だが……馬車の連中と上手くやれているか? 困っていることはないか?」 「うーん……。今のところは特に困って無いですね。一緒の馬車に乗るみんなも、知り合ったミラとマリナも親切にしてくれるので」 「……そうか」  ルパートは寂しそうに笑った。 「おまえ、出動のバディを変えたいとか思ってるか?」 「…………はい?」  おいおい金髪のゲス貴公子、今更それを言うの? 私を解放せず近くに縛り付けていたあなたが。  ここでもし私が、「別の人との方が気が合いそう」とか答えたらどうするのさ。諦めるの? 身を引くの? (困った人)  でもそれがルパートなんだろうなぁ。意地っ張りで強引で、それなのに私の気持ちが何処を向いているのか、不安になってすぐ確かめようとする。  そんな幼稚で我儘(わがまま)なあなたと上手くやれる人間なんて、七年も一緒に居た私くらいのもんでしょうが。 「私のバディの相手は、今のままルパート先輩がいいです」 「………………え」 「お互いのクセとか解っているから、コンビネーションが取りやすいです。上手くいっているペアを変える必要は無いかと」  ルパートは驚いた顔をして私を見た。 「そうなのか? 俺でいいのか? 俺は……ずっとおまえを振り回してきた男だぞ?」 「ええ。とは言っても、あくまでも仕事上での話ですよ? 恋人になるとかは異次元レベルでの別問題ですからね」 「たとえ仕事の付き合いだとしても……、俺が相棒として傍に居てもいいのか?」  らしくない謙虚な姿勢だ。綺麗なお月様を眺めて心が清められたか。 「先輩が私にした酷いことは、もう蒸し返さないことに決めました」 「どうして?」 「前の周回でですが、私の鬱積した感情は一度しっかり先輩へぶつけたんです。蹴りと共に」 「蹴り……」 「残念ながら蹴りはほとんど()けられましたけどね。溜まってた不満は言えたから……、だからいいんです」 「この時間軸の俺にはぶつけてないぞ?」 「こっちの世界でも、キース先輩に(さと)されて反省してくれたでしょ? そして私と良い関係を築こうと努力してくれていますよね? ならもう……昔のことはいいんです」 「良くないだろ!」  ルパートが顔を接近させた。近い近い。エリアス並みに近い。距離を取ろうと私は横へ少し傾いた。 「おまえを俺は何年にも渡って傷付けてきたんだ。簡単に許すなよ!!」  うわぁ面倒臭いなぁ。いいって言ってんだから素直に受け止めなさいよ。 「だから? それで責任を取る為に私へプロポーズしたんですか? そんな経由で結婚だなんて私、すっごい惨めじゃないですか」 「違う! そうじゃない、そうじゃないんだ……」 「?………………」  苦しそうにルパートは端正な顔を歪めた。そして更に私へ接近した。逃げる為に身体を余計に傾けた私は……ゴロン、草の上に寝転がってしまった。 「おい!」  ルパートは私を起き上がらせようと手を伸ばしたが、 「……………………」  私に到達する前にその手を止めてしまった。何で? 引っ張り上げてくれないの? 「……………………」  見下ろすだけで放置プレイのルパート。痺れを切らせた私は自力で起き上がろうとした。しかし私が身体を起こす前に、隣のルパートがゆっくり身体を倒してきたのだった。 「!?」  私の頭を挟む形で地面に付けられたルパートの両腕。そして彼の両膝は私の腰を挟む位置に置かれていた。こ、これは……壁ドンならぬ地面ドン!?  私が下でルパートが上。きゃあぁ。偶然に誰かがここを通り掛かったら、今の私達をどう見るのだろう。情事の前だと勘違いするに1万ゴル。 (とか実況してる場合じゃなーーい!!)  真剣な眼差しの男にマウントポジション取られちゃったよ! 嬉しいよりも怖いよ!!  どうしてエリアスもアルクナイトもルパートも、男達って女に心の準備をさせてくれないの!?  樹を()り倒す時には「たーおれーるぞー」って声掛けるじゃない。あれと同じだよ。危険を予め知らせてよ。  私のことを「危機感が無い」ってみんな責めるけどさ、アンタらだって不意打ちで仕掛けてくるじゃん。これをどうやって察知すればいいの。 「ウィー……」  私の顔すぐ前にルパートの顔が有る。どうしよう、どうしよう。 「俺は……おまえに無関心になられるくらいなら、憎まれたままの方がいい……!」  ………………え?  何か予想外の囁きが聞こえたような。 「どんな感情でもいい。おまえの心に残っていたいんだ」  気のせいじゃない。口説き文句ではなく、これはルパートの懇願だった。 「だから、俺を許さないでくれ」  ……………………。  私は拍子抜けした。  いつも余裕ぶって上から目線の彼が、必死に私へ切実な願いを訴えていた。 「ええと、先輩?」  さっきまでドキドキしていた私の頭は急激に冷えていた。目の前の泣きそうな顔をした馬鹿野郎のせいだ。 「察するに、私があなたを簡単に許したことで不安になったんですね?」  ルパートはバツの悪い顔をした。図星か。  嫌いですらない、無関心。確かに好きな相手に「無い物」として扱われるのはしんどいよね。 「あのですね、あなたは簡単に忘却の彼方へ追いやれるようなキャラじゃないですよ? しつこくてウザいくらいのお節介ですからね」  苦笑するルパート。 「ごめん……」 「それに、私の尊敬する上司で頼もしい先輩ですからね。無関心でいられる訳がないでしょう?」 「!…………」  仕事ができるってことは認めているよ。それに……七年間ずっと護ってくれたことも。女の私が出動班で頑張れるのは、ルパートの支えが有るからなんだよね。 「俺のことを……評価してくれるのか?」 「良い部分は。でも嫌な部分に関しては、上司であろうと心の中でウンコ野郎と毒づきますからね?」  口にはできるだけ出さないようにする。腐っても上司だもの。ボーナス査定に響く。 「それでいい、ありがとう」  やっとルパートは柔らかく笑った。そして次の瞬間真顔になった。 (今度は何だろう? まだ他に不安点が……)  私の思考は中断された。急に視界が暗くなったのだ。月が雲に隠されたのかと思ったが違った。  何も見えなくなるくらい、ルパートの顔が急接近していた。 edac356d-a5b2-4f81-a5bf-a47251e63c0a 「先ぱ……」  今度は言葉が中断された。温かい彼の吐息が鼻先をくすぐった。 「ごめん」  それだけ言って、ルパートは熱く柔らかい唇を私の唇に重ねた。 「!………………」  ガン! と、脳に衝撃が走った。  唇だけじゃない。胸と胸も接触していた。それだけ私達は密着していた。  彼の心臓が速い鼓動音を私の身体へ伝えた。きっと私の鼓動も同じくらい速くなっていて、彼に動揺を気づかれている。  私の(まぶた)は自然と閉じていた。こめかみの辺りにさわさわした物が触れている。ルパートの前髪だろう。 (キス……。私今、先輩とキスしてる…………!)  怖い。それなのに身体がフワフワ宙を漂っているような感覚だ。でもやっぱり怖い。  この先どうなるんだろう? 私はどうなっちゃうんだろう?   どうして私は拒まず、ルパートにキスを許しているんだろう…………?  また先に行動を起こしたのはルパートの方だった。彼はバッと飛び起きて私から離れた。 「……………………」  ルパートまだ地面に寝転んだままの私を数秒間見下ろして、それから舌打ちをした。  はい? 舌打ち? キスの後に舌打ち? 「……もう女兵士用のテントへ戻った方がいい。すぐそこだから一人で行けるよな?」  え。 「悪かったな」  視線を合わせず私へ詫びたルパートは立ち上がり、そしてギルドテントの方角へさっさと立ち去ったのだった。 (は? はあぁぁぁぁぁ!?)  独りで取り残された私は茫然と、暗闇に吞まれていくルパートの背中を見送った。 (ちょっとぉ! テントまで送ってくれないの? キスした相手だよ!?)  おまけに舌打ち。……あれですか。キスしてみたものの、何か思った感じと違うとガッカリしちゃいましたか。そういうことですか? 「~~~~~~!!」  やっぱりアイツは最低野郎だ。乙女の敵だ。  私はルパートに対して、思いつく限りの悪態を心の中で繰り返し吐いた。怒りを(まと)わないと、恥ずかしさと惨めさでどうにかなってしまいそうだった。 (大切なファーストキスだったのに。あの馬鹿……)  泣きそうになるのを(こら)えて、私もテントへ戻ることにした。
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