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エンは躊躇うことなくユーリについて語り出した。
「ユーリは俺と同じ東国の出身です。忍びと言う組織に属していましたが、仕えていた主の失脚に伴い組織は解体されました」
私情を挟まず事実の報告。それも忍者に必要なスキルなんだろうか。
「忍びか……。聞いたことが有る。諜報活動や暗殺に長けた集団だと」
「やはり彼はスパイでは? アンダー・ドラゴンの側近と通じていて手引きを……」
「黙っていろグラハム。判断するのは全てを聞いてからだ」
ルービック師団長は年上の部下を睨みつけた。
「エン、東国の戦士であるキミとユーリが何故このラグゼリア王国に居るんだ?」
ラグゼリア。これこそが我が愛する祖国の名前だ。
「ユーリは自分の腕を高く買ってくれる新しい主を求めて、方々を旅してこの土地に流れ着いたのだと思います」
「はっ、新しい主だと? その相手がアンダー・ドラゴンの首領とはな!」
グラハム連隊長うるせぇ。師団長に黙ってろって言われたやん。
聖騎士以外で、騎士の要職に就けるのは貴族か金持ちの子供だけだと以前ルパートから聞いた。グラハム連隊長は典型的な我儘ボンボンかね。それでもって実力でスピード出世していく聖騎士達に嫉妬しているとか。
「エン、キミはユーリとは別行動を取っていたのか?」
「……はい。ある日突然、ユーリは俺の前から姿を消しました。俺は義兄弟の契りを交わした彼を捜してラグゼリアに来たんです。自力では見つけられず、情報を得る為にレクセンの冒険者ギルドへ就職しました」
「なるほどな」
「師団長? まさかこの者の話を信じるのですか?」
「私はエンとユーリの戦闘をこの目で見た」
「その男はピンピンしているではありませんか! 敵対していると見せかける為の茶番ですよ!!」
あ~、グラハムの口を縫い付けたい。
「彼が受けた傷は私が治療した。ロックウィーナが間に入らなかったら、間違い無くユーリはエンを殺していただろう。そういう傷だった」
テント内のギルドメンバー達が、私とエンを交互に見て表情を険しくした。
「ロックウィーナの推測通り、敵は戻らない連絡係が本拠地の情報を吐いたと考えたんだろう。そして移動している第七師団へ潜入して、責任者である私の暗殺を企てたんだ」
エドガー連隊長が意見した。
「乱暴な行動ですね。師団長クラスを殺されでもしたら、それこそ国は許さないでしょうに。アンダー・ドラゴン構成員の最後の一人までを血祭りに上げる大戦争となりますよ」
「本拠地を兵団に特定されたと予想した時点で、奴らは国外逃亡を決めたんだろう。大組織だろうが流石に国には勝てる程の武力は無い。ただ奴らにはこれまで強奪した金銀財宝……荷物が多いからな、引っ越しに時間がかかるのさ。国境を越える為の偽装も必要だしな」
「なるほど。アンダー・ドラゴンは時間稼ぎをしたい訳ですか」
「そうだ。万が一私が死んだ場合、残ったおまえ達は王都の兵団本部へ早馬を飛ばして、今後の方針を伺わない限り動けない」
「でしたら我々はこのまま進むべきですね。昨日今日よりも速いペースで」
「その通りだエドガー。奴らに時間を与えてはならない。諦めて早々に逃亡を図るかもしれないが、それならば奪われた財宝の大半を取り戻せる」
隊のすべきことが決まったようだ。
「予定では明日街に宿を取って、明後日に本拠地へ攻撃を仕掛けるつもりだったが変更だ。明朝4時にここを発ち、夕刻までに本拠地へ何としても辿り着く。グラハム、そのように部下へ指示を出しておけ。強行軍になるぞ」
「……はいっ」
「聞いての通りだルパート。冒険者ギルドもそのように行動してくれ」
「承知しました」
「では解散だ。見張り以外はすぐに寝直してしっかり睡眠を取っておくように」
私達は師団長のテントから出た。外には新たな見張り役の兵士が見える限り六人居た。犠牲となった兵士の骸は無い。遺体は既に何処かへ運ばれていた。この地に埋葬されるのか、一つの馬車に乗せられて王都へ戻されるのか、それは私には判らない。
ただ一歩間違えれば私とエンも同じ道を辿っていた、それは確かだ。戦っている間は気分が高揚していたが、今になって死の恐怖に身体が震えた。
その時、私の手に誰かの指が添えられた。エンだった。彼は一度ギュッと私の手を握った後、すぐに腕を引っ込めた。暗かったし一瞬だったので他の人には見えなかったようだ。
「ギルドテントの見張りは俺とエリアスさんとでやることになったから、他のみんなは寝てくれ。3時半に起こして超特急で出発準備をしてもらうからそのつもりでな」
ルパートの指示にキースが「待った」を掛けた。
「3時半までずっと見張りをするんですか? それだとあなた達が寝不足になるじゃないですか。僕が途中で代わりますよ」
「仕方が無いから俺様も代わってやる。感謝するように」
キースとアルクナイトが交代を申し出たが、ルパートとエリアスは辞退した。
「大丈夫だよ。馬車が動き出したら中で寝るから」
「ですが……身体を横にしないと疲れが取れないでしょう?」
「問題無い。旅を続けたおかげで何処でも寝られる身体になった。洞窟の堅い石壁に比べたら馬車なんて天国だ」
「さ、みんなとっとと寝てくれ。散った散った」
ルパートに急かされてキースとアルクナイト、リーベルトにアスリーは渋々立ち去った。
私も馬車でもう一眠りしなくちゃな。でも頭が興奮しているからはたして眠られるかな? そんなことを考えていると、
「しばしお待ちを!」
テントから若き聖騎士マシューがこちらへ駆けてきた。何だろうと一瞬身構えたが、
「エン殿、ロックウィーナ殿、師団長を護って頂きありがとうございました!!」
マシューは深々と私達へ頭を下げたのだった。わざわざお礼を言いに来てくれたのか。
「いや、ユーリを退けたのは彼女だから」
エンが速攻でマシューの感謝を私へ振ったが、いやいやいや。
「その前にエンが賊の五人中、四人を倒したんじゃない!」
「……そうだったか」
忘れてたんかい。
冷静を装っているけど義兄のユーリとのこと、やっぱりショックだったんだろうね。
「お二方とも見事な腕前でした。それと……」
顔を上げたマシューはルパートへ、片手を胸に、もう一方の腕を背中に回す騎士のお辞儀をした。
「師団長から伺いました。聖騎士の先輩でいらしたとか。自分はマシュー中隊長であります!」
黒い癖っ毛で愛嬌の有るマシュー中隊長は、姿勢良くキビキビと挨拶をした。対してルパートは気まずそうだった。
「ご丁寧にありがとうございます。ですが俺はもう退団した身ですので……。階級も小隊長に過ぎませんでしたし」
「いえいえ、先輩が別の組織に所属しているというのはとても頼もしいことですよ! 現に今回、ルパートさんの部下の方に我々は助けられた訳ですから!」
中隊長はまた私とエンを見た。
「正直申し上げまして、自分は今回の作戦は王国兵団のみでやるべきだと思っておりました。ですがお二人の働きを見て考えを改めました。作戦中は戦友として宜しくお願い致します!」
私と同年代に見えるマシュー中隊長は、爽やかな風をこれでもかというくらい吹かせてからテントへ戻った。
冒険者ギルドの実力を認めてくれたんだよね? 私は嬉しかったがエンはそれに触れず静かに言った。
「俺達もギルドのテントへ戻ります。申し訳有りませんが見張りをお願いします」
「おうよ。ゆっくり休みな、ご苦労さん」
「ロックウィーナ……あの、あのね!」
マキアが何か言い掛けた。
「ん?」
「…………何でも無い。おやすみ」
マキアはエンと一緒に去っていった。何を言おうとしたんだろう?
首を捻っていた私にエリアスが苦言を呈した。
「ロックウィーナ、キミの行動はエンと師団長を護った。だがそれは結果論だ。エンすら敵わなかった相手にキミが勝利できたことは奇跡に近い」
「あ、はい……」
「皆は想像してしまったんだ。マキアもな。キミが死んでしまった未来を」
「!」
私はギルドテントの方角を振り返った。既に彼らの姿は闇に呑まれて消えていた。
向き直ると、エリアスもルパートも哀しい瞳で私を見ていた。
「本当はみんなおまえに文句を言いたいんだよ。無茶しやがって、馬鹿野郎ってな。でもエンだって大切な仲間だ。アイツを救ってくれたことも確かだから……、それでグッと堪えている状態なんだ」
「アルを抑えるのは大変だったぞ。キミが暗殺団に立ち向かったと聞いた時、怒りでテントを破壊しそうな魔力を放出したんだ。私の魔封じの剣とキース殿の障壁で中和したが」
そうだったのか。私はみんなを凄く心配させてしまったんだ。マシューに認められていい気になっていた自分が恥ずかしい。
「手柄を立てたってのに、素直に褒めてやれなくてゴメンな」
「だが覚えていてくれ。ギルドの皆はキミが大好きなんだ。おそらくは助けられたエンも」
「……………………」
私だって冒険者ギルドのメンバーとして仕事に来ている。だから荒事も覚悟していた。特別扱いなんてされたくない。それでも、みんなが心配してくれた気持ちは痛いほど伝わったから……。
私はルパートとエリアスへ素直に頷いたのだった。
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