西へ駆けろ!

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「ちょっとマキアさん、あなたは何を考えているのですか!」  私と一緒に馬車へ戻ったマキアを、鬼の形相をしたリーベルトが怒鳴りつけた。ちょっと前にもこんなことが有ったような。 「へっ? な、何……」  迫力にタジタジとなったマキアへリーベルトは畳み掛けた。 「手! お姉様と手を繋いできたでしょう!? 何てことを!」  馬車へ乗り込む直前に手は放したのだが、窓からリーベルトに見られていたようだ。もう一つの馬車に乗る年長組にも見られていたら面倒臭いことになりそう。 「あ、うん……手はね。でもそれ以上のことはしてないから」  照れた表情で反論したマキアだったが、リーベルトの眉が更に吊り上がった。 「論点はそこじゃなーい!! トイレ休憩の後に手を繋いだことが問題なんです! あなた、アレを触った後の手を洗ってないでしょう!?」 「あ」  盲点だった。そうか、男の人は女性と違ってデリケートな箇所に直接触れるんだった。ちなみにトイレで使ったペーパーは水に溶ける仕様なので、雨が降れば分解されてやがて土に還る。 「あああああ、有り得ない! 汚らわしいアレを握った手でお姉様に触れるなんてえぇ!! マキアちんこ菌をお姉様に擦り付けるなんてえぇ!!!!」 「ぶっ!? おいちょっと、あからさまな物言いすんな!」 「じゃあ付いてないんですか? お姉様の可憐な手はクリーンなままですか? 胸に手を当ててちんこ菌を付けていないと誓えますか!?」 「そ、それは……」  付いてるんかい。私は思わずマキアと繋いでいた手の平を眺めてしまった。  それまで黙って聞いていたエンが、ここで溜め息交じりに発言した。 「旅の間は水を節約しなければならない。不衛生になるのは仕方が無いだろう。俺だって昨日、洗ってない手でロックウィーナの肩を抱いた」  閃光弾から護ってくれた時ね。手を洗ってなかったことは知りたくなかった。 「な、何ですってえぇ!? ふ、二人のちんこがダブルのパワーでお姉様を汚したんですか!?」 「ごふっ」  前方から誰かがむせた声が聞こえた。たぶん馬車を運転してくれている御者だ。リーベルトの大きくなった声が外まで漏れた模様。変な噂が立たなきゃいいけど。  執事のアスリーがハンカチに消毒液を染み込ませ、興奮するリーベルトへ手渡した。 「落ち着いて下さいリーベルト様。こちらをロックウィーナ様に」 「……そうだね。ありがとうアスリー」  リーベルトは受け取ったハンカチで私の手や肩をゴシゴシ擦った。それをマキアとエンがジト目で見ていた。 「まるで病原菌の扱いじゃん。ひっでーな」 「流石に傷付く」 「うるさい、ちんこ菌ども。お姉様は解りましたね? 男は汚いですから迂闊に触られないようにして下さい。あ、僕は毎回手を清めていますから安全ですよ?」  私の身体を拭き清めたリーベルトは、また私と腕を組んでくっ付いた。マキアが冷めた風に指摘した。 「リーベルトはさぁ、絶対にロックウィーナに惚れているよね? 男として」 「はぁ? 何を言っているんです? 僕のは純粋に命の恩人を崇拝する(けが)れ無き憧れですよ?」 「俺だって別にロックウィーナに穢れた感情は持ってないよ」 「本当に? お姉様にキスしたり服を脱がせたり、おっぱい触ったりしたいとか考えていませんか?」 「えっ……」  マキアは言い返さず自分の口元を片手で覆って隠した。露わになっている部分の肌が赤く染まっていった。 「え、ええ? ちょっとマキアさん……何ですか?」  リーベルトがマキアへ詰め寄った。 「まさかあなた、お姉様とえっちなことする想像をしたんですか!?」  マキアは何度も(まばた)きしながら小さい声で答えた。 「……させたのはキミじゃん」 「前は下ネタ言うなってすぐ怒ったじゃないですか! 何で今回は静かに恥じらってるんですか!!」 「それは……だって……」  泳いだマキアの視線が私と合わさった。彼はますます赤くなって横向きになり、馬車の座席で身体を縮こめた。 「まさかマキアさん……身体が反応……」  反応?  マキアの隣のエンがパンパンと手を打ち合わせた。 「はいはいそこまで。リーベルト、これ以上マキアを虐めないでやってくれ」  そして私へ向かって言った。 「悪いが少しの間、窓の外の景色でも眺めていてくれないか?」 「……いいけど?」  よく判らないが私は言われた通りにした。馬車はかなりの速度で走っているようで、車窓から見える景色の移り変わりが激しかった。ずっと見ていると酔いそうだ。  「ああもぅ最悪……、戻んない」とマキアの嘆きが聞こえた。どうしたよ。 ☆☆☆  正午。四十五分間の昼休憩だ。年長組と合流して私達は昼食用の干し肉と乾パンをかじった。   「これが本日最初で最後のまともな休憩だ。後は短いトイレ休憩が一回挟まれて、それからアンダー・ドラゴン本拠地へ乗り込むことになる。だから装備品のチェックはここでしっかりやっておけよ」  ルパートの注意を頷いて聞いた。エンとの話し合いはやはり昼休憩中にしておかないとだな。  私はマキアと目配せしてから急いで昼食を済ませた。忍者のエンはもともと野外では食事に時間をかけない習性が有るようで、私達より先に食べ終わっていた。 「エンは武器の手入れが得意だったよね? 私の鞭の調子を見てくれないかな?」 「……構わないが」 「すみません先輩達、お先に失礼しまーす」  私とエン、マキアは連れ立って歩いた。人気の無い場所へ。 「馬車へ戻るんじゃないのか?」  不審がるエンへ私は切り出した。 「エン、あなたはアンドラの本拠地でユーリさんに会ったらどうしたい?」 「!…………」  ストレートに聞いた。時間が無いからね。 「俺は……」  エンは口ごもりつつ言葉にした。 「もう……助けることはできないと思う。あいつは……師団長の暗殺を企てた」 「じゃあ、殺すの?」 「それしかないだろうな……」  そうは言ってもエンは苦しそうだった。本心では殺したくないんだろう。昨晩はユーリに先手を取られて苦戦していたけれど、きっと義兄弟と戦うことに対しての迷いも有ったはずだ。 「何とかできねぇかなぁ……」  相棒の苦悩を察したマキアが頭を振った。 「殺した(てい)にしてこっそり逃がすとかは?」  私の提案をエンが取り下げた。 「無理だろう。当のユーリ本人が話に乗ってくると思えない。アイツは職務に忠実な男なんだ。契約している間は首領を裏切らないだろう」 「………………」  駄目なのか。ユーリは殺すしかないのだろうか。 「一度は捕らえるしかあるまい」  偉そうな声が明後日の方向から響いた。驚いて視線を移すと、声の主である魔王、そして他のギルドメンバー達が勢揃いしていた。 「みんな……」 「水臭いぞ。なぜ俺達にも相談しないんだ」  そう言って近寄ってきたルパートが、私のオデコを軽く人差し指で弾いた。デコピンだ。エンではなく何故私にやる? 「まったく、ルパートお兄様はすぐお姉様に触ろうとするんだから。あの手にも菌が付いてるんじゃないですか?」 「くっ……、私がアレをやるとロックウィーナが脳震盪(のうしんとう)を起こしてしまう」 「力加減しなさいよ勇者様」  全員が私達を取り囲んだ。 「三人寄れば賢者アルクナイトの知恵と言うが、馬鹿が三人集まっても馬鹿な意見しか出ないぞ?」  魔王が造語で失礼なことを言った。そこは「文殊(もんじゅ)の知恵」でしょーが。  …………………………。  あれ? 文殊ってどなた? エンが紹介した箸といい、最近の私は知らないはずの知識が頭に浮かぶことが有る。何だろうか、この現象は。 「ユーリとやらは、死なない程度に痛めつけて捕らえるべきだ」  あっと、今はユーリの問題を議論しないとね。私は頭を切り替えて意見を出したアルクナイトへ尋ねた。 「でも殺さずに捕えても、結局は投獄されて処刑されるんじゃない?」 「司法取引を持ち掛ければいい。ユーリにはアンドラの情報を積極的に吐いてもらい、その代償として刑を軽くしてもらえるよう兵団に交渉しよう」  それはいいかもと思ったのだが、エンが否定した。 「ユーリが雇い主にとっての不利な情報を漏らすとは思えません」 「国は隠し財宝の()()に興味津々だろうから、首領ではなくそちらの情報を渡せばいい。それに組織が壊滅した時点で契約もクソもあるか」 「………………。ユーリがそれで納得するでしょうか?」    煮え切らない態度のエンに、アルクナイトは静かに言った。 「おまえがユーリを(さと)すんだ。戦闘中はおまえの声は届かないだろうが、捕縛した後なら時間が取れる。ルービック師団長ならある程度の融通を利かせてくれるだろうから、何度もユーリに面会を求めろ。そしてゆっくり説得するんだ。弟であるおまえが」 「!………………」  エンの瞳に生気が宿った。 「はい……! やってみます。ありがとうございます!」  そして彼は力強く(こた)えた。  アルクナイトは伊達に長生きしていないな。見直した私は魔王を感謝の瞳で見つめたのだが、彼は腕を組んで不機嫌そうな素振りをした。 「話は変わるが小娘、一つ前の休憩でそこのワンコと親しげに手を繋いでいなかったか?」 「あ」  やっぱり見られていたか。面倒臭い。 「おい何だと? どういうことだウィー!」 「そう言うチャラ男、おまえも昨日の朝に繋いでいなかったか?」 「え、アル……あれ見てたんスか?」 「ふふふふふルパート、キミはちゃっかり抜け駆けをしていたんですね……?」 「いやゴメン、いてっ! マジでゴメ……いてぇっ! キースさん、障壁で何度も弾かないで」 「ヤレヤレ、毎日騒がしい連中だ」 「とか言ってお姉様の肩を抱かないで下さいエリアスさん! ちんこ菌が肩に付きます!」 「ちん……!? 私のはこんな高さに生えていない!!」 「手、手に菌が付いてるのぉ~!!!!」 「ほっほっほ」  いい歳をした大人達が馬鹿馬鹿しい話題で騒いでいた。その光景を眺めながら、道が開けた気がして私とマキア、エンは密かに笑い合ったのだった。
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