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待機していた王国兵団が鬨の声を上げて駆けた。入口の広さ限界まで一気に、大量の兵士が勇ましくコンサートホール内へ雪崩れ込んだ。
舞台近くのイスに潜むアンダー・ドラゴン構成員が矢を飛ばしてきたが、マキアとアルクナイトが火魔法で空中の矢を全て焼き払った。そして発射位置を掴んで走り込んだ兵士達の剣によって、犯罪組織の射手はその役割と命を終えた。
突入時にはまだアンダー・ドラゴンの方が人数的には多かったようだが、勢いづいたマシュー中隊の兵士、更には助っ人参加である冒険者ギルドメンバーの反則並みの強さによって、コンサートホール内の勢力図はあっという間に逆転した。
「白、もう気を張らず適当に休んでいろ。おまえの精神力は限界のはずだ。後の護りは俺が引き継いでやる」
「了解。後はお任せします」
中へ入ったアルクナイトは真っ先にキースの元へ駆け寄った。肩で息をしていたキースは意地を張らず、素直にアルクナイトの指示に従った。仲が悪いはずの二人であるのに、絆らしきものが見えるのは私の気のせいか。
「おまえはどうだ? まだ余力は残っているか?」
「当たり前だろ? これからだよ」
エリアスもまた、先行していたルパートへ声を掛けた。この二人のやり取りはもはや親友同士のそれに見える。出会った当初はいがみ合って喧嘩ばかりしていたのが嘘みたいだ。
ピイーッと高い音が背後から鳴り響いた。二階からの襲撃に遭った合図だ。つい強張った顔で後ろを気にしてしまったが、
「大丈夫。エドガー先輩が援軍を寄こしてくれるから。俺達は目の前の敵に集中だよ」
マシューに注意されて私は視線を前方へ戻した。そうだ。それぞれが役割を果たさなければ。
「……舞台の左袖、苦戦していますね」
エンがコンサートホール全体を見渡して言った。確かに。他の箇所での戦闘はマシュー中隊が有利に進めてもうすぐ制圧しそうなのに、舞台の左側だけ攻めに勢いが無く押され気味だ。
「あそこに強い奴が居るんだろうな」
「俺、行きます」
クナイを構えたエン。
「ああ行こう。一緒にだ」
エリアスが応じてルパートも頷いた。
「マシュー中隊長、冒険者ギルドは苦戦している兵士の援護に向かいます」
「はいお願いします。て言うか、俺も行きます」
ホール中程に居た私達ギルドメンバーとマシューは、エンを先頭に舞台袖まで走った。
「中隊長すみません、我々ではこれ以上進めません!」
「ご苦労様。後は俺達に任せて」
舞台左袖で奮闘していた兵士達は隊長のマシューに道を譲った。
そこは天井吹き抜けで日光が射し込む明るい部屋だった。奥にはおそらく裏口であろう扉、右手には舞台へ繋がる低い階段が見える。その手前に斬られて倒れている五人の王国兵士。そしてまだ負傷が見えない八人のアンダー・ドラゴン構成員。
(ああ……)
私は奥歯を嚙み合わせた。見知った顔が二人居た。エンの義兄弟であるユーリと、顔と腕に幾つもの傷痕を持つ男。残りの六人も腕に覚えのある幹部連中だろう。モヒカン構成員達とは面構えも雰囲気も違う。
「間違い有りません。あの古傷だらけの男が、アンダー・ドラゴン首領のレスターです」
私は仇敵を睨みながら皆に告げた。時間のループを知らない者達が「えっ」という顔をして私を見た。名指しされた首領レスターもそうだった。
「……俺の名前を知るおたくは誰だい? お嬢さん、何処かで会ったか? 手配書に載るヘマはしてないはずだがなぁ」
冷たく鋭いレスターの視線が私を射貫いた。背筋がブルったが踏ん張った。コイツには絶対に負けられない。
「レスター……。レスター・アークか?」
意外な所から声が上がった。後方に居たリーベルトの執事アスリーだった。彼の発言にエリアスが反応した。
「アーク? 確か過去に不正をして、領地を取り上げられた貴族にアークという伯爵家が居たはずだが……」
レスターがフッと笑った。
「ご明察の通り。その落ちぶれ伯爵家が俺の実家だよ。アンタは咆哮の射手と呼ばれたアスリーさんだよね? 珍しい銃士の傭兵だったから覚えてるよ」
「え? アスリーは彼と知り合いなの?」
リーベルトが銃を構えたまま横目でアスリーを窺った。
「はい。わたくしがまだ傭兵稼業に身を置いていた頃に、新人の傭兵だった彼と何度か任務を共にしました。その頃は家の再興を目指す、志の高い澄んだ目をした若者だったのですが。よもや国内最大の犯罪組織のリーダーへ身を墜としていたとは……」
「澄んだ目ねぇ……。そんな時期も有ったかな」
レスターは自嘲気味に笑った。
「何度も何度も裏切られて目なんかすっかり濁っちまったよ。傭兵なんてシビアな仕事をしてきたアンタなら解るだろ? この世界はさ、善人ほど馬鹿を見るんだよ。騙されて知らない内に犯罪の片棒を担がされて、首吊る羽目になった俺の両親のようにな」
「……………………」
「だったら騙す方がいい、奪う方がいい、そう思わないか?」
首領は壮絶な人生を歩んできた人物のようだ。だからといって手心を加える訳にはいかない。今の彼は危険だ。殺人も人身売買も平気でやってのける組織のトップなのだ。
仲間達も同じ想いのようだ。各々の武器を手に、ゆっくりとアンダー・ドラゴン構成員達との距離を詰めていく。
「ボス、ここまでです。退却を!」
側近であるユーリが丸い物体を自分から二メートル先の床へ投げ付けた。あれってば閃光弾!? 咄嗟に目を瞑ったが刺激の有る光を感じなかった。瞼を開けると一面が煙に巻かれていて視界が利かない。
「煙幕だ! 首領が逃げるぞ!!」
「くそっ、何も見えない!」
パーン!
誰よりも冷静だったアスリーが、裏口と思しき扉が在った方向へ銃を発射した。
「ぐぁっ!」
アスリーの読み通り首領達は裏口へ集合していたようだ。発射した弾が敵八人の内の誰かに当たった模様。
ガシャンとボルトを上下させ、アスリーは装填した次の弾を撃った。リーベルトも倣った。
「うがっ」
二人が放った弾のどちらかが、また誰かに当たったようだ。
「風よ、我らが視界を開かせよ!」
ルパートが風魔法で煙を取っ払おうとしたものの、あまり広くない部屋では大きな風が起きなかった。風魔法は狭い空間と相性が悪いようだ。
まだうっすらと残る煙の中から、クナイを左右両手に構えたユーリがこちらへ向かって飛び出してきた。
ガキィン!!
兄弟子の行動を予測していたのか、狂刃を止めたのはエンだった。
「ユーリ、投降しろ!」
「………………」
「もう勝負はついた! 無駄な足搔きはやめろ!!」
「………………」
ユーリは無言でエンと刃を打ち合った。金属同士がぶつかる高く硬い音が鳴り響いた。
「首領の姿が無いぞ!」
煙が完全に晴れた室内。公民館から街へ通じる裏口の扉が開いていた。
銃で撃たれたのは二人の構成員だった。一人は腹を手で押さえて苦しそうに壁にもたれており、もう一人は背中から胸を弾が貫通したのか床にうつ伏せに倒れて動かなかった。
肝心の首領と残り四人の構成員達は、まんまと裏口から外へ逃亡したようだ。
「首領達はグラハム連隊長の部隊に任せましょう! 我々は残った者の捕縛を!」
マシューはすぐに腹を撃たれた構成員へ近付いた。脂汗を滲ませた構成員は尚も戦おうと剣を構えたが、例の影から伸びる黒い手が構成員の首を絞めて気絶させた。怖い。マシューが私達の味方で良かった。
しかし問題はエンと戦うユーリだった。
速い動きの忍者同士が双剣での応酬。周囲の皆は誰も手を出せず戦いを見守るしかなかった。だが今日押しているのはエンの方だ。
ユーリはきっと昨晩の師団長襲撃の後、休む間も無く馬を飛ばしてここへ戻ったのだ。すぐに本拠地を放棄して首領に逃げるよう勧める為に。当の首領は、王国兵団が到着するのはもう少し後だと高を括って逃げ遅れたようだが。
疲労が残っているユーリの動きは昨晩に比べて鈍かった。
ギィン!
エンが腰を入れて水平に薙ぎ払った一撃で、ユーリの左手のクナイが弾かれて手から離れた。クルクルと飛んだそれが床に落ちる前にエンはもう一歩踏み込み、ユーリへ自身のクナイを突き刺そうとした。
させるかと、ユーリは大きく後方へ飛び退いて避けた。
ズグッ。
そして横から伸びた私の足刀蹴りを脇腹にモロに受けた。
「…………っ!?」
ユーリは目を見開いて蹴りをかました私を見ながら膝を折った。きっと「またおまえか」とか思ってる。
ごめんね。私だって暴走はしないと誓った。でも今のは大チャンスだったんだ。
自分の目の前に敵の無防備な腹部が見えたら、あなただって取り敢えず蹴るよね?
「い、今のはマグレ……?」
「いや、狙いすまして入れたように見えましたぞ」
私の蹴りを初めて見たリーベルトとアスリーがヒソヒソしていた。
「助勢、感謝する」
エンが立ち膝の姿勢となったユーリへ距離を詰めた。
「ユーリ、大人しくしてくれ。そして決して生きることを諦めないでくれ」
これからユーリは兵団の囚われの身となる。拷問も受けるだろう。それでも自害しないで欲しいとエンは願っているのだ。いつか救い出す為に。
「すみませんが、どなたか縄を」
エンは後方に居る王国兵士へ視線を移した。その隙を見逃さなかったユーリは右手のクナイをエンへ向けた。
ズドン。
ユーリのクナイがエンに刺さることは無かった。それよりも先に高く振り上げた私の右脚が、背後からユーリの右肩目がけて踵落としを沈めたからである。
ユーリは声も無く床に崩れ落ちて完全に意識を失った。
「うおっ、やるね!」
明るい声で私を称えたマシューとは対照的に、ギルドの仲間達は何とも言えない顔で私を見ていた。何? 言いたいことが有るならちゃんと口にして欲しい。
「何ですか皆さん。私が勝手に動いたと怒っているんですか?」
ルパートが頭を横に振った。
「いや何か、未来の自分の姿を見たような感覚になって……」
ん? どういうこと?
キース、マキア、アルクナイト、エリアスも続いた。
「痴話喧嘩をしたら確実に僕が負けますね……」
「俺は一撃で不能になりそう」
「誰が小娘をここまで鍛えた」
「あの足技を封じるには長い裾のドレスを着させるべきか……?」
何を言ってるんだろうこの人達は。私は彼らの呟きを無視し、やはり蒼い顔をした兵士から縄を受け取って、エンと一緒にユーリを縛ったのだった。
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