地潜りの竜

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「胸を撃たれた奴は即死だったようだな。こちらの腹を撃たれた奴にはまだ息が有るが……、臓器を損傷している。日が暮れるまで()たないだろう」  銃で撃たれた男二人の身体を(あらた)めたエリアスが見解を述べた。アルクナイトは腹を撃たれた男を指差して確認を取った。 「マシュー、こいつも必要か?」 「まぁ……。情報源は多い方がいいですかね」 「ならば死なない程度にまでは回復させよう」  アルクナイトは静かな口調で治療の呪文を唱えた。彼の手から発生した柔らかい光の粒が、腹を負傷した構成員の身体をふんわり包んだ。 「あなたは火に水に、癒しの適性まで有るんですか……」  マシューがアルクナイトの施術に目を丸くしていた。 「マシュー、無事か!?」  コンサートホールから私達の居る舞台袖の部屋へ入ってきたのは、外で待機していたはずのエドガー連隊長だった。  二階からの敵襲を受けたエレ小隊が笛で救援を呼んだ時、エドガー自らが部下と一緒に突入してくれたようだ。エリートでありながら、聖騎士は皆さん勇ましいよね。流石は実力で出世した人達である。 「先輩、援軍ありがとうございます」 「二階に居た奴らは全て片づけたぞ。ボスの座に就けるような威厳を持った奴は見つからなかったが。そちらの首尾はどうだ?」 「二人の幹部を捕らえました。残念ながら首領らしき男にはそこの裏口から逃げられました」  エドガーは開けっ放しの扉へ視線を定めた。 「裏口にはギリアム大隊を配置した。更に建物全体をグラハムさんが指揮するもう一つの連隊が包囲している。首領がいかなる腕の持ち主だろうと、あの人数相手には逃げられんだろう」 「ですよね」  楽観視している現役聖騎士に対し、元聖騎士だったルパートが難しい顔をしていたので私は尋ねた。 「先輩? どうかしました?」 「いや……。扉が開いたおかげで風が通って遠くの気配を探れるようになったんだが、外で騒ぎが起きてねぇんだよ。首領は戦わずに大人しく投降したんかな?」  それを聞いたマシューとエドガーは、顔を見合わせた後にすぐ裏口へ駆けた。私達ギルドメンバーも後に続いた。  扉を抜けて公民館の外へ出ると、そこは多少の広さが在る公園広場のようで、子供用の遊具がポツポツ設置されていた。コンサートホールからけっこうな音が漏れるので、すぐ近くに民家を建てられず公園が造られたのだろう。  公民館の建物から十メートルほど間隔を空けて、ぐるりと取り囲む王国兵士達はみんな整然としていた。とても大捕り物が有った後とは思えない。  兵士の中の一人へエドガーが声を掛けた。 「ギリアム! 裏口へ出てきた者はどうなった!?」  ギリアムと呼ばれた兵士は大きな声で明確に、上司へ報告をした。 「こちらには誰も出てきておりません!」 「何だと!? 裏口は開いていたぞ?」 「扉が開き、逃亡者が出てくるかと一度は身構えましたが、誰も出てきませんでした!」 「扉が開いた……だけ?」  私はサアッと血の気が引いた。あの危険な男……首領は何処へ消えたの!? 「みんな、裏口以外に脱出口が無いか探せ!」  ルパートの指示で私達は公民館内のあの部屋へ戻った。壁際の床には何枚も薄汚れた布が落ちている。ここで雑魚寝していた構成員達の寝具だろうと気に留めていなかったのだが。  それらをめくっていくと……ああ、何てことだ! 「先輩、床に扉が在ります!!」  布に隠されていた、人間が一人通れるくらいの小さな扉。しっかりした造りだったが木製だったので軽く、私の力でも簡単に開いた。  そっと覗いた扉の下には暗い穴が在り、そして臭気が漂っていた。 「下水道だ……!」  扉を閉めてからルパートは悔しそうに言った。 「奴らは公民館の地下を掘って、町で利用していた下水道に脱出口を繋げたんだ」  聖職者であったキースが舌打ちした。 「裏口の扉を開けたのは、そちらから逃げたと見せかける為のカモフラージュでしたか。してやられましたね」  偽装工作で裏口の扉を開けに行った一人と、脱出に手間取った一人がアスリーに撃たれた。  そしてユーリは首領を逃がす時間稼ぎをする為に独りで挑んできた。自分が逃げる権利を放棄して。多勢に無勢だ、勝てっこない。彼に待つのは高確率の死であるというのに。それが忍びと言うものなの? 「地下道を用意していたとは。地潜りの竜(アンダー・ドラゴン)の名は伊達じゃないってことですね」  マシューが乾いた笑いを見せて、 「くそっ! 師団長に報告してくる」  エドガーが荒れた足取りで立ち去った。  もう首領達は下水道を抜けて、何処かの河川敷に逃れているだろう。そこにはきっと部下と馬が用意されている。私達はまんまと首領の逃亡を許してしまったのだ。 (本拠地まで来たのに。追い詰めたのに……)  落胆しかけたが、私は気を取り直した。  縛られた状態で床に寝かされたユーリ。彼を優しい視線で見守るエン。  この義兄弟が救われる道だけは、ギリギリ繋げることができたのだから。 ☆☆☆  陽が落ちて星が(きら)めく空の下で、私は木製のマグカップに入った温かいスープを飲んでいた。  私達はアンダー・ドラゴンの本拠地が在った廃墟の町で野営することになった。  公民館や周辺の建物を調べたところ、まだ移動されていなかった組織の財宝が沢山残っており、それらを空の荷馬車へ詰め込む作業に時間がかかったのだ。師団には財宝を積む専用馬車が数台(あらかじ)め用意されていた。国のお偉い方は、首領の行方よりも金を取り戻す方が大切なのかもしれない。有力貴族の屋敷も荒らされたらしいから。 「今日は大活躍だったな、ウィー」  肩が付く距離で私の隣に座るルパートが微笑んだ。戦闘中のピリピリとした雰囲気はすっかり消え、穏やかな表情の気のいいロン毛に戻っていた。 「先輩こそ先陣お疲れ様でした。無事に誕生日を祝えて良かったです」 「……で、プレゼントは?」  至近距離でルパートが悪戯っ子のように囁いた。本来ならここで私はポ~ッとなってしまう場面なのだが、今回に限っては平常心だった。だって……。 「仲間みんなで過ごせる時間、プライスレス」  無粋な文句でロマンティックなムードを台無しにしたのはエリアスだった。  エリアスだけでなくギルドメンバー全員が揃っていた。今は夕飯時なのだ。ミラとマリナと何故かマシュー中隊長も居た。これだけの人数が集まった中でイチャイチャできたらそれは痴女だ。 「年に一度の誕生日くらい、ウィーと二人きりで過ごさせてくれよな……」 「だから小娘の隣の席を許してやったんだろーが。お誕生日席だぞ、良かったなチャラ男。そうでなかったら金ダライを命中させているところだ」  魔王が毒づき、マシューがニヤニヤ(はや)し立てた。 「ロックウィーナはモテモテなんだね」  昨日は殿の敬称が付いていたが、今日は呼び捨てだった。マシューはこれからも出世していくであろう高位の騎士様だから、私としては呼び捨てにされても全然構わないのだが、周囲の男達がピクッと肩を震わせた気がした。肩が私と触れている右隣のルパートは確実に。 「ね、ね、俺だけに教えて。ロックウィーナは誰が本命なの?」  おまけにマシューは私の左隣の席だったりする。人懐っこく私に接するマシューに、他の男達の苛つきが高まっていく。何かデジャヴ。ああ、マキアの時もこんな感じだったな。  そのマキアは今日は大人しく、相棒のエンの様子を気にしていた。ユーリを捕らえることはできたけれどまだ説得には至っていない。思い詰めた瞳をしたエンはマシューに尋ねた。 「あの……ユーリはどうしていますか?」 「んー、さっき彼を拘束した馬車を覗いた時はまだ気を失っていたよ。ロックウィーナの(かかと)落とし、綺麗に入ったからねー。それに疲れも有ったようだから当分は眠って……」 「え、ロックウィーナも戦ったの!?」  好奇心旺盛のミラが首を突っ込んで、上官の話の腰を折ってしまった。 「わぁっ、す、すみません中隊長! お話の途中で……」 「あはは、いいよ。友人の活躍は気になるよね? 彼女、凄かったんだよ」  マシューは本当に気にしていないようで、気さくな態度でミラとマリナに公民館内の戦闘がどうだったか話した。二人の女兵士は頬を赤らめつつも真剣に聞いていた。 (そういえば……)  マシューは将来性抜群の聖騎士、年の頃も同じ、そして充分イケメンの部類だと思う。だというのにマリナの理想とする結婚相手候補に名前が挙がらなかったな。だいぶ年上のルービック師団長にはキャーキャー言っていたのに。  ミラとマリナは別の師団から第七師団に移籍したばかりと言っていたから、まだマシューと面識が無かったのかな? 「そういう訳で……」  説明を終えたマシューはエンに向き直った。 「ユーリと話したいなら明日を待ちな。師団長も君達の事情はご存知だから、たぶん面会許可が出ると思うよ」 「……はい!」  嬉しそうに返事をしたエンを見て、ギルドメンバーは安堵して目を細めた。 「あ、そうだウィー。これは内緒の話なんだが……」  不意にルパートが私の右耳に顔を近付けた。 「おい近いぞ!」  すぐに飛んだエリアスの野次にルパートは言い返した。 「内緒話くらいはいいだろーが! 誕生日だぞ!」 「……くっ、ハッピーバースデイ……」  邪魔者を退けてルパートは私へ囁いた…………振りをして、みんなに見えないようにこっそり頬にキスをした。 「~~~~~~!!」  一気に顔全体の皮膚が熱を持った。ルパートはまた悪戯っ子のように笑って私から顔を離した。  ばっ、馬鹿野郎~~~~! 「ロックウィーナ、顔が赤いです! ルパートに卑猥なことを言われたんですか!?」 「ちょっとぉルパートお兄様、それは僕の役割でしょう!?」  外野が騒ぐ中、私は必死に自分に言い聞かせた。 (誕生日だから。そう誕生日。だから今日は特別に許してあげる)  そして自然とニヤけそうになる口元を必死に結んで誤魔化した。
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