大きなうねり

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 ……………………。  ……………………。  ……………………。  唇を嚙んで長い間沈黙して、迷いの中に居たユーリはついに顔を上げて右隣のルービック師団長を見た。  そしてその名を告げたのだった。 「……グラハムです」 「…………ん?」 「アンダー・ドラゴンに兵団の情報を流していたのは、グラハム・ロニックという男です」 「グラハムさんが!?」  ルービックが目を見開き、マシューは大声で驚きを表現した。私達ギルドメンバーも衝撃を受けていた。  グラハムって……師団長暗殺未遂事件の後に、テントで文句ばかり垂れていたあのオッサン? 彼が内通者だったの!? 「グラハムは情報提供の見返りとして、組織から多額の謝礼金を受け取っていました」 「待って、嘘だろ!? グラハムさんはこの第七師団の兵士半数を、師団長から任されている連隊長だぞ!?」 「………………」 「ああでも、異常な出世スピードだったからおかしいとは思っていたんだ! だけどまさかそんな、アンダー・ドラゴンと通じていたなんて!!」 「マシュー、落ち着け」 「ですが師団長、これは一大事ですよ!?」  完全に取り乱してしまったマシューを落ち着かせようと、私はゆっくり口調で質問を試みた。 「名字を持っているならグラハムさんも貴族なんでしょう? スピード出世してもおかしくないのでは?」 「ああ……うん、でも貴族と言ってもロニック家は……え~とね」  マシューは幾分か冷静さを取り戻したようだ。クセっ毛に指を絡めながら自分の身上を交えて話してくれた。 「実は俺も貴族なんだよ。正式名はマシュー・エディオン。父が男爵の爵位を持っている。だから貴族社会の内情にはちょっと詳しい」  ミラとマリナの情報通りだな。エディオンって名字が何気にカッコイイ。 「グラハムさんもウチと同じ男爵家だ。男爵は貴族の中では一番下の爵位だからあんまり力が無いし、ロニック家が所有する領地は農耕に向かず発掘資源も乏しくて、とうてい裕福とは言えない暮らしぶりだったんだ」  名ばかりの貧乏貴族というヤツか。 「ぶっちゃけ高官に渡す賄賂も碌に用意できないから、グラハムさんは貴族と言えどポンポン出世するのは不可能なはずなんだよ」 「実力で出世したとかは?」 「あぁう~、それは……」  マシューは困った顔をして言い淀んだ。代わりにルービックが答えた。 「グラハムは能無しという訳ではないが、平凡な能力の持ち主だな。国からの任命だが、連隊長職は彼にとって荷が重い役職だと私は思っていた」  ……印象通りだったか。正直言って、勇敢で魔法も使える聖騎士三人に比べてグラハムは見劣りしていた。 「グラハムさんの異例の出世について貴族の間では、ロニック家は密造酒でも手掛けて隠し財産を築いたんじゃないかって噂が出ていたんだ。それも犯罪だけどさ、国王陛下が討伐命令を出したアンダー・ドラゴンに加担していたとなると、罪の重さが跳ね上がるよね」  ルービックが厳しい眼差しでユーリに確認を取った。 「キミの証言が真実だと誓えるか?」  ユーリは目を逸らさずに言った。 「誓えます。グラハムが組織との連絡役に使っていた、彼の部下の名前も挙げられます」 「毒を仕込んだのもそいつか……」  そうか。兵団内の地位が高いグラハムが自ら動くと目立つ。彼の代わりの実行役として、部下の兵士が何人か抱き込まれているんだね。はたしてどれだけの人数が犯罪に加担してしまったのか……。  ルービックが頭を左右に振った。 「面倒なことになったな」 「え、グラハム連隊長を捕まえるくらいお二人には簡単でしょう?」  マキアの疑問に苦い表情でルービックは返した。 「グラハムを逮捕してそれで終わり、とはならないんだ。彼を連隊長に推した兵団の高官や任命した大臣の責任も問われる。ひょっとしたら、グラハム以外にもアンダー・ドラゴンに協力していた貴族が居るかもしれない」 「芋づる式に国の偉い人達が捕まるかもしれないんですか……?」 「そういうことだ。だから事は慎重に運ばなければならない。キミ達、ここでの会話は他言無用に頼む」  ルービックへ頷きかけたが、マシューが待ったを掛けた。 「フィースノー支部の冒険者ギルドの皆さんには、情報を共有して協力してもらうべきだと思います」 「おいマシュー、国の大事に民間人の彼らを巻き込むのか?」 「民間人、だからです。国から多少の支援を受けているとはいえ、冒険者ギルドは軍にも政府にも所属していない独立した組織です。誰が味方で誰が敵か判らない兵団の者より、彼らの方がよほど信じられますよ。ギルドマスターであるケイシーさんは冒険者時代に、王族や有力貴族と交流を持っていたくらい顔の広い方らしいですし」  つくづく、S級冒険者だった我らがマスターは凄い人なんだなと感心した。ギルドではルパートと阿保らしい言い合いをよくしているけど。 「……………………」  ルービックは少しの間考えてから、私達へ申し出た。 「情けない話だがマシューの言う通りだ。冒険者ギルドの手を借りたいと私も思う。もちろんキミ達には拒否する権利が有る」 「………………」  どうしよう、咄嗟に決断できない。親切にしてくれた聖騎士の皆さんに恩返しをしたいが、これは問題が大き過ぎる。国の中枢が乱れるその渦に呑まれるかもしれないのだ。  しかし……、 「俺はギルドに関係無く協力します」  エンが躊躇(ちゅうちょ)無く言葉にした。当然私とマキアは無謀な同僚を止めようとした。 「エン、簡単に決めていい問題じゃない」 「そうだよ。もっと時間をかけて考えてから……」 「俺は決めた。そして協力するには見返りが欲しい」 「えっ……」  まさかの報酬の交渉。マシューが苦笑いを浮かべた。 「何をお望みで?」 「ユーリの身柄を、俺の預りにして下さい」 「!」  ユーリを含めた全員が驚いた顔をエンに向けた。 「……それはできない。彼は重要な情報源だ」  ルービックが却下し、マシューも続いた。 「ユーリはグラハムさんの情報を吐いたけれど、まだアンダー・ドラゴン首領を庇っているよね? 警備が手薄になったら逃亡すると思うよ?」 「もしもユーリを逃がしてしまった場合は、俺が相応の罰を受けます」 「やめろ、エン」  ユーリ自身が義弟を止めたが、エンは毅然(きぜん)とした態度だった。 「やめない。おまえの元にはこれからも暗殺者が訪れるだろう。毒殺が失敗したんだ、次はなりふり構わず来るぞ。拘束されている限りおまえに勝ち目は無い」 「エン……」  そうだ! グラハムは絶対にユーリの口を封じようとするだろう。ユーリに国の中央議会で証言されたら身の破滅なのだから。 「俺も協力します! ですからユーリさんの身柄を任せて下さい!」  ユーリへの心配と、エンの覚悟を汲み取ったマキアが手を挙げた。 「マキア、おまえは……」 「言ったろ、俺達はバディだ。生きるも死ぬも一緒だって」  ううう。親友二人の姿を見ていると私の胸にも熱いモノがこみ上げてくる。 「私も協力し……」 「はいはいはい、キミは駄目~!」  言葉尻に被せてマシューが宣言を邪魔した。何でさ。私だってギルド職員なのに。 「流されてるだろ? いいかいロックウィーナ、一時の感情で重大な決断をするもんじゃない」  それはその通りだ。でもエンもマキアも仲間なんだ。私の可愛い後輩になったんだ。見捨てられるもんか。 「見張りが増えればユーリさんが逃げる確率が減るでしょう!? 逃げようとしたらエンが足を掛けて転ばせて、マキアがお尻に火を点けて、私が消火と見せかけて更にお尻を蹴っ飛ばしますよ」 「何だそのコント。それじゃあユーリの尻のダメージが凄まじいことになるだろ。座れなくなるぞ?」 「逃げなきゃいいんですよ。逃げたらムカつくから蹴っ飛ばしますけど」 「キミと結婚する男は絶対に尻に敷かれるな……」  うるせー。お尻繋がりで上手いこと言うな。 「そうだな、逃げなきゃいい」  穏やかな声を発したのはユーリだった。私達は思わず「えっ」と声を漏らしてユーリを窺った。 「ユーリさん……、逃げずに大人しくしてくれるの……?」  おずおずと尋ねた私へ、ユーリはフッと初めて柔らかい笑みを返した。ちょっとドキリとしたのは内緒だ。  そしてユーリは義弟へ依頼した。 「エン、俺の(もとどり)(あらた)めてくれ」  言われたエンは身を乗り出して、向かいの席に座るユーリの髪の毛に触れた。髻とは東国の言葉で、髪の毛を頭の上に束ねた部分を指すらしい。  エンによってユーリの幅広の髪紐が解かれ、少し長めの髪の毛が肩に落ちた。 「これは……契約書か?」  髪紐は薄皮製らしく、内側に小さな文字が書かれていた。血判らしきものも押されていた。 「そうだ。レスター・アークとの契約書だ」  ユーリは数秒間じっとそれを見つめた後、今度はマキアへ言った。 「エンの相棒であり、火の魔術師であるアンタに頼みたい。それを燃やしてくれ」 「! いいんですか……?」 「ああ。頼む」  マキアはしっかりと頷いた後に、静かだが不思議と響く声で詠唱した。 「始まりの炎よ。道を切り(ひら)け」  マキアのそれはユーリへのメッセージだったのか。ポッと灯った炎がエンの掴む髪紐を赤く包んだ。  ユーリはユラユラ揺れる炎を見つめていた。 「……任務途中で契約を破棄した俺にはもう、忍びとしての価値が無い。傭兵としての評価も地に落ちただろう」  !………………。  ユーリはアンダー・ドラゴンと(たもと)を分かつ選択をしてくれたのだ。私達が聖騎士へ協力を申し出るよりも勇気が()った決断だっただろう。  寂しそうに笑う彼に私は提案をした。 「なら、ほとぼりが冷めたら冒険者ギルドに就職しませんか? (すね)に傷を持つ職員てんこ盛りです。一人や二人、厄介な人が増えてもマスターが上手いこと回してくれますよ」 「あ、それいーかも!」  マキアも明るく賛同した。もちろんエンも。 「ユーリ、俺はこの国へ来て仲間を得た。おまえだってもう一度やり直せ……あっつ!!!!」  炎の舌は髪紐を持つエンの指もなぶった。 「おいエン大丈…………ゲホォッ、コホケハッ!」  至近距離で煙を吸い込んだユーリがむせた。狭い馬車内で火を使っちゃ絶対にいけませんと学んだ。  私とマシューとで急いで扉を開けて換気し、微かに燃え残った炎をマキアが靴で踏んで消火して、エンが負った軽い火傷はルービックが治療した。  ユーリがこちら側に来てくれたことは非常に喜ばしいが、最後がどうにもキマらなかったなー。
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