大きなうねり

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☆☆☆  出発時刻を遅らせて、ルービック師団長は馬車へ部下のエドガー連隊長、そして冒険者ギルドからはルパートとエリアスを呼んだ。信頼できる彼らにユーリからもたらされた情報を話し、今後の方針について話し合っているのだろう。  だろう、と推測なのは今の私は外に居て馬車内の会話が聞こえていないから。定員オーバーになるので馬車を降りていた。既に事情を知っているエン、マキア、マシューと共に部外者が近寄らないよう見張り役だ。 「いったい師団長は何をしておいでなのだ! 予定の時間をとうに過ぎているではないか!」  人払いをしたというのにさっそく近付いてきた無頼者が居た。イラつきを隠さず噛み付いてきたのは、大問題を起こしている張本人・グラハム連隊長だった。出発が遅れているのはおまえのせいだ馬鹿、腹のゼイ肉を力いっぱい掴むぞ? 握力48有る私は心の中で毒づいた。  グラハムの背後には四人の兵士が従っている。彼らが実行役だろうか? ユーリの水に毒を仕込んだ者がこの中に居るかもしれないのだ。エンが鋭い目つきで彼らを睨んでいた。 「すみませ~ん連隊長。もう少しで終わりますので~」  マシューが全く心のこもっていない謝罪をした。グラハムは私達の顔を見てからフンッと鼻を鳴らした。 「彼らは冒険者ギルドの輩だろう? 師団長は何故彼らをお傍に置くんだ?」 「そりゃあ大活躍しましたから~。師団長暗殺を止めて、公民館への突入路を切り開き、尚且つアンダー・ドラゴン幹部二名の捕縛に成功した皆さんです。師団長としては充分に功を(ねぎら)いたいとお考えですよ~」 「はん。だが両名共に、情報を吐く前に服毒自殺を図ったそうじゃないか」  どの口がそれを言うのか。私の横のエンが必死で殺意を抑えているのを感じた。 「……ですね、それは残念でした。二名とも先ほど死亡を確認しました」  マシューの言葉を聞いて、グラハムは下卑た顔に安堵の色を浮かべた気がした。いや気のせいじゃないよね。コイツは口封じができたと絶対喜んでいる。  でも残念でした。ユーリは思いっきり無事です。彼が生存していることは聖騎士とギルドメンバーしか知らない。 「三十分後くらいには出発できるかと思いますので、どうぞご自分の馬車へお戻り下さい」 「ふん」  最後までムカつく態度でグラハムと彼の部下は去っていった。そのお尻を蹴り上げたい。 「ロックウィーナさ、今グラハムさんの尻を蹴っ飛ばしたいとか思ってない?」  マシューに心を読まれた。 「いえ全然?」  私はすっ(とぼ)けた。 ☆☆☆  予定から大幅に遅れて、第七師団と冒険者ギルドの一行は帰路についた。兵団はアンダー・ドラゴンの本拠地で見つけた隠し財宝と共に王都へ、私達はフィースノーのギルド支部へ戻るのだ。  ただし王都もフィースノーの街も国の中部地方に在るので、途中まで二~三日間はまた一緒に旅をすることになる。  ユーリの身柄は相談の末に冒険者ギルドの預りとなった。兵団内には何処にスパイが潜んでいるか判らない。再度の暗殺を防ぐ為にユーリは素性を隠し、ギルド職員に扮して私達と一緒に行動することになった。  彼は兵団の連絡役と会う時は常に覆面姿だったらしい。なので素顔になって髪を結ぶ位置を変えた。更にマキアから明るい色調の服を借りて、黒染めの衣から着替えたユーリはだいぶ雰囲気が変わった。きっとアンダー・ドラゴン首領の側近にはもう見えないだろう。拘束はもちろん解かれている。 「すみません、俺達兄弟の事情でギルドを巻き込むことになってしまって」  エンが皆に頭を下げた。 「気にしないで下さい。アンドラと買収された貴族や議員を放ってはおけませんよ。国にとっての重大案件ですからね、ケイシーだって理解してくれるでしょう」 「だな。俺の部下に事情を記した書簡を持たせて飛ばさせた。今日中にケイシーの元へ届くだろう」  返したのはキースと魔王だった。冒険者ギルドが使う馬車の二つの内の一つへ、ユーリ、エン、マキア、私、そしてキースとアルクナイトが乗り込んでいた。  人選の理由としては、ユーリを説得したのがエン、マキア、私だったから。そして防御障壁を張れる二人が護衛役として同乗した。女装姿に戻ったリリアナとアスリーにはもう一台の方へ移ってもらった。  ところで、さっき聞き捨てならないワードを耳が拾ったような。 「飛ばさせた……って、あなたの配下の魔物を? いつの間に呼んだの?」 「呼んだと言うか、ずっと俺達の頭上を飛んで付いてきていたんだ。従順でお利口さんな奴だからな。おまえ気づいていなかったのか? うっかりさんめ」 「へっ? 魔物がずっと上に居たの!? 俺も全く気づかなかったですよ!?」  マキアが動く馬車の中で今更キョロキョロ辺りを見回した。 「まったく人間というものは、前後左右には気を配るくせに頭上の注意を怠るからな」  それ前にも指摘されたな。マキアが反論した。 「魔王様だって人間じゃないですか。それも昔は賢者様って呼ばれていたんでしょ?」 「え!? あなた散々人間のこと馬鹿にしておいて自分も人間だったの!?」 「賢者!? この破廉恥魔王が賢者!?」 「うるさいわ白、文句が有るなら表に出ろ! 小娘は俺に膝枕をしろ!」  どさくさに紛れてセクハラしてんじゃないよ。  ユーリが探る瞳で私達を見ていた。 「魔王……? 配下の魔物を飛ばさせた……?」  あ。 「言っちゃった。でもユーリさんも仲間になったんだから話してもいいんじゃないかな?」  マキアの確認にみんなが頷き、エンが説明することになった。 「ユーリ、三百年前にこの国に魔王が出現して、近隣諸国と戦った歴史は知っているか?」 「ああ。有名な話だからな」 「彼がその魔王だ」 「……………………」  ユーリはアルクナイトの全身をしげしげと眺めた。それからエンに向き直った。 「…………何と?」  だよね。信じられないよね。   「彼が強者ということは気配で判る。肌がずっとピリピリしているからな。しかし……魔王は三百年前の存在だろう?」 「彼はもうすぐ500歳だ」 「こら忍者、俺はそんなにお爺ちゃんじゃないわ。まだ482歳だ」  似たようなもんだろう。  もう一度ユーリはアルクナイトを頭から爪先まで見た。 「信じられるか。彼はどう見ても凛々しく美しい文学青年だろうが。彼の何処が凶悪な魔王だ」 「え」 「え」 「ええ?」  私とマキアとキースは口をあんぐりと開けた。美しいと称された魔王は一人悦に入っていた。 「なかなかに見所の有る若者だな。だがユーリよ、真実とは時に残酷なものだ。俺は正真正銘、世界を震撼させた魔王アルクナイトその人なんだ!」  大げさなポーズと共にアルクナイトは決め台詞を放った。そう言えばエリアスも芝居掛かっていたなぁ。魔王軍と勇者一族で劇団組めるんじゃない? 「そんな……本当に魔王……?」 「そうだ。でも兵士達にはくれぐれも内緒だぞ? 奴らにとって俺は宿敵だからな。俺のことはアルと呼ぶように」 「こんな……美しい魔王がこの世に存在するのか……」 「え?」 「ちょっ……」 「この人大丈夫ですか?」  アルクナイトをうっとり見つめるユーリを私達はいろいろな意味で心配した。確かに魔王は美形である。でもヤバイ言動を繰り返す絶対に憧れてはならない人物だ。  エンが「あ」と短く漏らしてから話した。 「長く離れていたから忘れていた……。ユーリは美しいものに目が無いんだった」 「え」  アンダー・ドラゴン首領も傷が多かったけれど美形だった。 「えと、もしかしてユーリさんが契約を結ぶ基準って、相手が美形かどうかが深く関係しますか?」  質問した私にユーリはきっぱりと言い切った。 「当たり前だ。心惹かれない者の為に命を張れるか」  何て曇りの無い真っ直ぐな目をするんだ。  左隣の席のキースが急に私を抱きかかえた。 「おい白、何してる!」  即座に右隣のアルクナイトが咎めた。この二人はユーリの護衛役のはずなのに、何故か私の左右に陣取っている。何しに来たんだか。 「ロックウィーナを護っているんです! 美しいものが好きなら、彼女も必ずユーリの興味対象となります!」 「なるほどだ! 俺も護ってやる!!」  二人の男が私にしがみ付いてきた。い~や~。お風呂に入れてないんだってば。濡れタオルで頑張って皮脂汚れを拭き取っているけど、石鹼使って洗い流せてないから私は絶対に臭い。離れて~。 「ちょっと、ロックウィーナが困ってますよ。放してあげて下さい!」  誰よりも常識人だったりするマキアが止めようとしてくれたが、男二人は離れなかった。絶対に三日間、私にちょっかいを出せなかった分を取り返そうとしている。男って。  ジタバタしている私達の様子が可笑しかったようで、ユーリがフッと笑った。 「安心してくれ。その女はそこそこ可愛い程度で美形とまではいかない。俺の興味対象外だ。蹴りは見事だったがな」  それってフォロー? けなしてない? いやそれでいいんだけどさ、何だか切ない。  私以上に魔王と白魔術師が怒りを露わにした。 「おいコラ忍者Ⅱ、どういう了見だ」 「彼女の美しさが解らないなんて残念な男だな。一度深淵を覗いてこい」  口調が乱暴になったキースが左手で前髪を掻き上げた。息を呑んで彼から顔を背けた。ユーリ以外の全員が。  ……………………。  ……………………。  ……………………。  強い精神力の持ち主だったようで、ユーリはしばらくは耐えていた。しかし結局はキースの瞳に魅了された。 「ぷわは☆✕○△♡!!!!!!」  読解不可能な奇声を発してユーリは暴れ出した。馬車の座席から転げ落ちそうになったところをエンとマキアが支えて、そのまま押さえ込みに入った。 「ユーリ、落ち着け!」 「いたっ、脚、痛いっ、ユーリさん蹴らないで!!」  馬車が横にガックンガックン揺れていた。 「よくやったぞ白」 「またつまらない相手を虜にしてしまった……」 「ただくれぐれも俺達には使うなよ? そう話し合ったよな?」 「ああ使わないよ。でも洗顔の為に前髪を上げた僕をうっかり見て、勝手に魅了された分に関してまでは責任取れないからな?」 「……執事のジジイ、鼻血噴いてたな」  アスリーも墜とされていたのか。  私は左右からギュウギュウに抱きしめられながら、対面の席で暴れるユーリと必死で押さえ付けるエンとマキアをぼんやり見ていた。  本当にアルクナイトとキースは何をしに来たんだろう。
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