不安定なこの世界

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「すまないロウィー、脅かし過ぎた」  アルクナイトはまた私の背中を優しくポンポン叩いてくれた。 「先程も言ったが、俺が見た夢は神とは関係の無いただの悪夢だった可能性が有る。だからあまり深刻になるな」  そうだったらいいのに。だけど慰めの言葉を(つむ)ぎ出すアルクナイトの表情は沈んでいた。  私が神である岩見鈴音の夢を見た晩に、引き()られるようにアルクナイトが世界崩壊の夢を見た。私はとてもただの偶然とは思えない。彼もそうなんだろう。 「……他のみんなにも相談しておいた方がいいかな?」 「今は待て。まだ俺達だって正確に事態を把握していない状態なんだ」 「そうだよね。上手く説明できる自信が無いや……」  これまでの人生は設定された情報。実際には体験していなかったと知ったらみんなはきっと混乱するだろう。今の私のように。 「配下の魔物にひずみが生じた土地が無いか調べさせる。世界の崩壊については部下の報告が届いてから考えよう」 「うん」 「また神がおまえに接触を図るかもしれない。奴と関係が有りそうな夢を見たらすぐ俺に話せ」 「解った」  しっかり頷いた私へ、アルクナイトは今日初めての笑顔を向けた。 「大丈夫だロウィー。俺が居る。絶対におまえ独りにはしない」  私も笑い返した。 「あなたもだよ。私が居るんだから、独りで悩まないでよ?」  世界で何が起きているか判らない。とても怖い。でも重い秘密を共有できる相手が居る。独りじゃないんだ。 「それにね、アル。たとえこれまでの過去が設定だとしても……」 「………………」 「今こうして悩んだり笑ったりしているのは私達の意志だよね? もう神様とは関係の無い時間軸を生きているんだから」 「! それはそうだな……」 「だからさ、今からまた始めようよ。ここからあなたはうんと長生きすればいい。五百年だろうが千年だろうが」 「……………………」 「誰も文句の付けようがない、本当の魔王になっちゃえばいいんだよ。それでもっていっぱい思い出を作ろう。神様が用意した人物紹介欄を書き換えちゃう勢いで」 「……ハハッ!」  アルクナイトは軽く噴き出した。 「それはいいな。何ならこの世界を俺が乗っ取ってやろうか」  そして挑発的な口調で私を誘った。 「立案者なんだからおまえも付き合えよ? せいぜい長生きをしてみせろ」 「長生きか……。できるかな? 私は魔力が少ないみたいだからさ」 「できる。高濃度の魔力保持者の俺と契ればいいんだ。そうすればおまえの肉体にも魔力が循環する。一時的なものだから、定期的に何度も契らなければならないがな」 「契るって……」  恋人や夫婦がやるアレ!? ぎゃああ、急に彼と密着していることが恥ずかしくなった。 「おい、腕の中で暴れるな」 「アンタがえっちなことを言うからでしょ!」 「くくく……ハハハハハ!!」  アルクナイトは本当に楽しそうに笑っていた。 「おまえの言う通りだロウィー。俺は何を暗くなっていたんだか」  魔王の瞳にはいつもの力強い生気が宿っていた。 「神のシナリオではおまえの結婚相手はエリーだった。それを変える為に奔走して、結果おまえに恋をしてしまったこの俺が」  改めて言われてドキリとした。  アルクナイトは起き抜けで乱れている私の髪の毛を、自分の長い指を(くし)代わりにしてといた。されている側は非常に照れ臭い。 「ロウィー、おまえへのこの想いは神の設定には無かったものだ。俺自身が神に逆らって行動したことによって、新しく生み出された感情なんだ」 「アル……」 「おまえを愛している。その気持ちが破滅と戦う剣となろう」 「ア……」  ユーリが絶賛した魔王の整った顔が急接近してきた。キスされると思って全身カチン!と固まってしまった私だったが、予想に反してアルクナイトは私の耳元に囁いただけだった。 「ありがとうロウィー。俺はもう自分を見失わない」  その言葉を聞いて、ああやっぱり彼も動揺していたんだ、怖かったんだなと私は悟った。夢の中で、世界や仲間達がバラバラになっていく様を見てしまったんだものね。  今度は私の方からアルクナイトを抱きしめた。  アルクナイトもギュッと私を抱きしめ返した。今度は力強く。保護者としてではなく、目的を共にする同志として。 ☆☆☆ 「私、エドガー連隊長の妻を目指すわ♡」  身体を清める為に女性兵士テントにお邪魔した私は、上ずった声のマリナと疲れた顔をしたミラに迎えられた。 「……マリナはどうしちゃったの?」  キャミソールから(こぼ)れそうな大きな胸を揺らしながら、マリナはテント内を派手に転げ回っていた。明らかに他の女性兵士達が迷惑そうにこちらを窺っているね。彼女達に頭を下げながらミラが私に説明した。 「昨日の戦闘で、マリナはエドガー連隊長に一目惚れしちゃったのよ」 「ちょっとそれ違うわよ、一目惚れじゃないわ! 私のあの方への愛は、そんな瞬間的な薄っぺらいものじゃないの!!」 「へーへー」  夕べは財宝奪還を狙ったアンダー・ドラゴンの下っ端部隊が、私達がテントを張った草原のあっちこっちに出現した。ミラとマリナもエドガー連隊長に率いられて、北東から襲ってきた部隊の一つと激突していた。 「マリナね、その戦闘で敵に肩を斬られたんだ」 「ええっ!? 大丈夫なの!?」  テントを転がるマリナには一見して怪我は無いようだが……? 「あの時はもう死ぬかと思ったわ。でも連隊長が魔法で土の壁を築いてくれて、敵の追撃を防いでくれたの」  なるほど。エドガーの魔法属性は土か。 「そこからは連隊長の独壇場だったよね。部下を斬られて怒った連隊長が、剣と魔法で敵をボッコボッコ」 「そう。あの方は私の為に怒って下さったのよ。それに……ああ~~♡」  またマリナはテント内を激しくローリングした。ワニみたい。よく目が回らないものだ。 「負傷した私を背負って下さったの! 更に信じられないことに、師団長の元へ行って私の手当をお願いして下さったのよ!? 下級兵であるこの私の為に!!」  破格の待遇だ。エドガーは非常に部下想いの騎士らしい。今のマリナに怪我が無いのは、ルービックの治療魔法を受けたからか。 「ああ、そこまでされたら好きになっちゃうね」  おんぶネタはとってもタイムリー。私もゆうべエリアスに背負われた。夢の中では衛藤先輩に。 「でしょう!? ロックウィーナなら私の気持ちを解ってくれると思ったわ!」 「いや私も解るよ? でも夕べからずっとハイテンションなんだもん。いい加減ウザい」  周囲の女兵士達もミラに同調してうんうん頷いていた。 「だぁってえぇ~♡♡♡」  まったく悪びれずにマリナは♡マークを量産していた。そこへテントの入口方向から声が掛かった。 「認識番号7-3321、マリナは居る?」 「え? はぁい」  入口で体格の良い中年の女性兵士が手招きしていた。 「すぐにテントから出なさい。エドガー連隊長がお呼びよ!」 「えっ!? はい、ただちに!」  飛び上がらんばかりに驚いたマリナは慌ててテントの入口へ向かおうとしたが、親友のミラが上からズボッとワンピースタイプの服を被せた。 「馬鹿っ、そんな格好で行ったら露出狂よアンタ!」 「そ、そうだったわ! ありがとう!!」  ほぼ下着姿だったからね。急いで服を着たマリナは今度こそテントを出ていった。私とミラは顔を見合わせてから、こっそり追ってマリナとエドガーの様子を覗くことにした。完全に好奇心です。  テントを出た少し先で二人は立ち話をしていた。 「怪我の具合はどうだろうか?」 「はいっ、治療して頂いたおかげで、一切の痛みも痕も残っておりません!」  高官相手なので、マリナはいつものフワフワ口調ではなくキビキビ話していた。エドガーも真面目な対応だ。デート風景を期待していた私達は少しガッカリした。 「それは良かった。治療に当たって下さった師団長にもお伝えしておこう」 「はいっ、ありがとうございます!」 「ではな」 「エドガー連隊長!!」  立ち去りそうだったエドガーをマリナは呼び止めた。頑張れ。 「治療して下さった師団長にお礼申し上げます!」 「ああ」 「そして連隊長には最大限の感謝を捧げます!!」 「……ん?」 「わたくしが今こうして生きていられること、連隊長のおかげだと思っております。決してご恩は忘れません。本当にありがとうございました!」 「そうか……」  エドガーは口元を緩めた。 「同じ第七師団の兵士として、今後の活躍を期待している」 「はいっ、精進致します!」  今度こそエドガーは去り、残されたマリナの元へ私とミラは向かった。振り返ったマリナは潤んだ瞳で私達に質問した。 「ねぇ……正直に言って。エドガー連隊長に私、少しは脈が有ると思う……?」 「有ると思う」  私が答えてミラも続いた。 「うん……素で驚いた。わざわざ個別に会いに来てくれるなんてね。アンタに気が無ければしないでしょ」 「やっぱり!? そうよね! ああ嘘みたい倒れそう、どうしよう!!」  マリナはミラに抱きついてキャーキャーはしゃいだ。それを見守る私の目尻は自然と垂れた。  ねぇアルクナイト、新しい恋人達が誕生しそうだよ。  第七師団の面々は繰り返された十日間に登場しなかった。せいぜいルービックの名前だけ。でも今目の前には血肉を持った友達が居る。神様が書いた物語ではない、新しい世界と人々が生まれたんだよ。  護ろう、この世界を。希望の灯を消しちゃいけない。崩壊なんてさせない。  今はまだ私とアルクナイトだけの約束。でもいつかはみんなと力を合わせることになる。時間のループを越えた時みたいに。  きっとまたできる。そして長生きしよう。新しい世界の物語はもう始まっているのだから。
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