それぞれの想い

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それぞれの想い

 さて、私達は本日もたっぷり馬車に揺られることになる。お尻が本当に痛い。何十年も旅をしながら各地を回っている商人さん達は凄いな。  座席でお尻をモゾモゾしていた私は軽い調子でからかわれた。 「アハッ、ロックウィーナ、尻が痛くなったんだろ?」  マシュー中隊長だ。出発間際に私達の馬車へ乗り込んできて、なし崩し的に同乗している。何か連絡事項が有って来たのかと思いきや、馬車が走り出してからどうでもいい雑談しかしていない。 「旅慣れてないみたいだね?」 「はぁ……。中隊長は余裕が有りますね」 「狭い空間に何時間も居るのは窮屈だけど尻は平気だよ。俺達騎士は訓練で日常的に馬に乗っているからね。もう尻の皮がゴワッゴワッに厚くなっているんだよ。触ってみる?」 「ぶっ!? 中隊長のお、お尻を!? いえ、遠慮しておきます!」  ずっとこんな感じだ。他の男達がピリピリしている。  今日の馬車の組み合わせは公正にグーパーで決めた。大丈夫だと思って近くに配置したエンまでもが私に好意を示したので、男達は「もういい! これから組み分けは運勝負な!」となったのである。  私と同じパーを出したのはルパート、キース、マキアとリリアナだった。 「お姉様は純粋無垢なんです。下ネタは遠慮していただけますかぁ?」  私と腕を組んだリリアナがマシューへ注意をした。にこやかだが額に青筋が立っている。そんなリリアナをマシューが不思議そうに観察した。 「……キミって、男だよね?」  水色のワンピースを着た可憐なリリアナであるが、マシューは師団長のテントですっぴんのリーベルトに会っているし、公民館ではやはり男の姿で銃をぶっ放す彼を見ていた。 「すげーな。メイクでそこまで化けられるんだ。ずいぶん大きいけど胸部分には何を詰めてんの?」 「まあぁ、お姉様の前で女性の胸について言及するなんてぇ!」  ごめん。私も気になっていた。下着は女性用のものを着けているのかどうかも。 「キミ女性じゃないじゃん」 「ええ、私は男ですよぉ。でも隣のお姉様は正真正銘の女性ですから。胸の大きさとかお尻の柔らかさはデリケートな話題。ちんこと同じで表に出すべきではありませんねぇ」 「おい」 「男特有の股間で物を考える癖は何とかして頂かないと困りますぅ。あなたのほとばしった流れ弾がお姉様に当たったら大変ですからぁ」 「キミの方が言い方エグくねぇ? ほとばしったって……」  呆れるマシューにルパートが声を掛けた。 「ソイツはいつも下ネタ全開なんで放っておいていいです。それよりもマシュー中隊長」 「何でしょうか、ルパート先輩」  マシューは元聖騎士のルパートには従順だ。 「どうしてこちらの馬車にいらしたんですか?」 「楽しそうだったからです」  あっさりとマシューは阿保な理由を口にした。 「…………はい?」 「兵団は圧倒的に男性兵士が多いでしょう? あっち見てもこっち見てもムサくて汗臭い野郎ばっかなんで、つい可愛いロックウィーナに救いを求めてしまいました」 「えええ……?」 「解るかも……。俺もレクセンでは男の先輩ばっかだったし、救助した冒険者もオッサンばっかで色気が無かったもんなぁ。ロックウィーナとの出動楽しいもんなぁ」  マキアがブツブツ言っていた。ルパートは気を取り直して尚も聞いた。 「ええと中隊長、本当にそんな理由なんですか?」 「先輩達もそうなんじゃないですか? ロックウィーナと同じ馬車に乗ろうとしたり、食事の時も彼女の隣に座ろうと必死ですよね?」 「う…………」  痛い所を突かれたルパートは口ごもった。 「だったら中隊長、兵団の女性兵士の元へ行けば……」 「いやいや~、流石に女性専用車両に乗り込む勇気は無いですよ。白い眼で見られるじゃないですか」 「まぁ……そうなるか……?」 「それも解る……。女ばっかりの場所は天国と言うより怖い」 「私も女性の集団は苦手かもぉ」 「女性は数が増えると大胆になりますからね……」  男達はマシューの言い分に納得してしまった。男って。  更にマシューは囁いている風、でも隠さずに私へ告げた。 「実はね~、師団長もこっちへ来たがっていたんだよ?」 「へっ!?」 「でもせっかく師団長の為に用意された豪華な馬車を無人にする訳にはいかないし、団を(まと)める立場も有るしで、エドガー先輩に懇々と説教されて諦めてたよ」 「ルービックさんてば……。本当に昔から変わってないな、あの人は……」 「大丈夫なんですか? 聖騎士って」  ルパートが頭を抱えてキースが冷たく突っ込んでいた。  空気を変えてくれたのはマキアだった。 「突然ですけどルパート先輩、お願いが有ります!」 「ん?」 「時間が有った時に、風魔法について手ほどきをして頂けませんか?」 「マキア、おまえは風にも適性が有るのか?」 「はい!」  魔法を使うには当然だが魔力が必要だ。人間は誰しも魔力を持っているが、魔法として体現できるだけの魔力量を有する者は、人類全体の三割程度だと言われている。(私は魔力量の少ない残りの七割だ)  そして魔法には地・水・火・風・光・闇の属性が有り、自分と相性が良い属性の魔法ほど大きな効果を引き出せる。得意属性は一人の術者につき基本一つ。稀に二つ。全系統の魔法を上位レベルまで使いこなせるアルクナイトは規格外だ。賢者や魔王と呼ばれる由縁である。 「魔力測定器で、火と風の二属性に適性有りと出たんです。でも風魔法はコントロールと使い道が難しくて……、だからずっと単純な火魔法だけを伸ばしてきたんです」 「ま、風魔法は補助系だからな。ちょっとややこしいよな」 「はい。でもルパート先輩の戦う姿を見ていたら、風魔法ってすっげぇ便利だって気づいて……。俺は剣とかはからっきしで魔法しか使えないから、今後の為に戦える手段を増やしたいんです!」  ルパートはニッコリ笑った。 「いいぜ。俺で良ければ訓練に付き合おう。ヤル気の有るヤツは好きだ」 「やった! ありがとうございます!!」 「若いっていいねぇ、青春だねぇ」  年寄り臭く頷いているマシューにキースが尋ねた。 「マシュー中隊長はおいくつなのでしょうか? ちなみに僕は29歳です」 「今年で25で~す」 「えっ、私と同じ!?」  マシューは妙に落ち着いているので、若く見えるけどもっと上かと思っていた。 「何だロックウィーナ、俺達ってタメかぁ! これからもっと仲良くしよーね!!」  斜め前に座るマシューに手を握られてブンブン振られた。 「おっ、小さいな。俺、女のコの手を握ったの久し振りかも!!」  駄目、やめて、男達の不快指数がどんどん上がっていくから。  バスッ。 「いってぇぇ!!」  案の定だ。私の対面、マシューの隣に座るキースが彼の手首にをお見舞いしていた。  キース特殊能力である魅了の瞳は、悪い目的で利用したがる輩が出そうなのでギルド外には内緒にしている。それにしたってエリート騎士相手にを繰り出すとは、キースは大した度胸だと冷や冷やした。 「ユアンも25と言っていましたよ。同い年で仲良くなれそうな相手が居て良かったですね中隊長」  そっか、ユーリも25歳か。彼も苦労したせいか大人っぽいよね。久しく身近に同い年が居なかったから何だか新鮮。  マシューは手首付近を擦りながら口を尖らせた。 「どうせ仲良くなるなら女のコがいい……」 「まだ言いますか。中隊長には心に決めた相手がいらっしゃらないのですか? 異性からモテそうですけれど」 「うんまぁ、はっきり言って俺はモテますね。貴族だし聖騎士だし容姿もまぁまぁイケてますからね」 「胸を張り過ぎて後ろへ倒れなさい。モテるならロックウィーナにちょっかい掛けなくてもいいじゃないですか。彼女は僕達にとって大切な仲間であり女性なんです。遊びで手を出さないで頂けます? 出したら呪います。中隊長はあなたを慕う、周りの素敵な女性達と真剣に向き合うべきです」 「……キースさんって癒しと護りを司る白魔術師ですよね?」 「そうですが?」 「うん……何か…………うん」  魔王相手にも(ひる)まないキースさんだから。 「マシュー中隊長には今、お付き合いしている人が居ないんですか?」  恋バナ好きなマキアが身を乗り出した。 「うん。特定の相手と深く付き合うより、沢山の女のコと広く浅く遊びたい感じ」 「ああ、うん、そういう気持ちは俺にも有りました」 「過去形ってことは……今は違うの? マキア」 「はい。真剣な恋をしてみたいです。実は俺……、交際経験は有りますけど恋というものをよく解ってないんです」  マキアにとって恋を知らないことはコンプレックスだったはずだ。それを自分から打ち明けるなんて。ルパートに風魔法を教わろうとしたり、マキアは変わろうとしているんだな。 「………………」 「やっぱ恋を知らないって引きますか?」 「いいや。でも俺には上手いアドバイスができないな」  マシューはルパートに視線を移した。 「ルパート先輩は? ロックウィーナのことが大のお気に入りみたいですけど、彼女と真剣交際をしたいって思ってるんですか?」  ルパートが静かに肯定した。 「思ってますよ。俺は彼女の心に生涯の忠誠を誓いましたから」 「え……」  まるで臆することなく言葉にしたルパートを、マシューは大きく見開いた瞳で見つめた。 「生涯の忠誠って……プロポーズをしたのですか?」 「ええ。ライバルは多いですけど」  ルパートとキースは顔を見合わせて、ふっと不敵に笑い合った。 「キースさんも……? 二人同時にプロポーズを?」 「僕達だけではありません。エリアスさんとアルも彼女との結婚を望んでいます。エンも恋心に気づいたようですし、参戦してくるかもしれませんね」 「どうして二人とも笑っていられるんです? 四人もの男がロックウィーナに求婚しているんでしょう? 想いが成就するのは四分の一の確率……。いや、ロックウィーナが誰も選ばない可能性だって有るのに!」  何故だかマシューの余裕が無くなっていた。先程までは飄々(ひょうひょう)としていたのに。  答えたのはキースだった。 「そうですね……。そりゃあ想いが届かなかった場合はつらいでしょうね。でも、好きだという気持ちを抱えたまま何もせず、諦めるよりはずっといいです。少し前まで僕はそうだったんです」 「どうして今は気持ちを表に出したんです? 諦めかけていたんでしょう?」  キースはふふっと声に出して笑った後、の口調で心情を語った。 「僕の心がそうしたいと叫んだからだよ。自分の心に従ったまでだ」  ルパートも続いた。 「俺も……そうだったな。ウィーへの気持ちをはっきり自覚した途端、想いが溢れて止められなくなった。切っ掛けをくれたのはキースさんだったけどな」 「あれは大失敗だった。おまえの恋心は眠らせておくべきだった」 「もう遅いよ」  ライバル同士で笑い、堂々と本音を言い合うキースとルパート。対してマシューは目線を落として唇をキュッと結んでいた。  その様子を見て私は、マシューが人に言えないつらい恋をしているのだと密かに察した。
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