それぞれの想い

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☆☆☆  ゴシゴシゴシ。  20時、女性兵士テント。支給されたお湯を湿らせたタオルで、念入りに私は身体の汚れを払拭した。この後エンと会う約束が有るからね~。  いやもう、一週間近くお風呂に入れてない状態だから男連中だって臭い。汚れているのはお互い様だ。でもそれでもやっぱり女としては、人と会う時は少しでも綺麗に身繕いしたいと思ってしまう。  それとエリアスの時に学んだ。好意を持った異性の体臭はフェロモンになると。私に恋をしているかもしれない(?)エン。きっと彼と私は至近距離で話すことになる。できるだけ体臭を消してから臨まないと。 「ロックウィーナさーん、男のコが呼んでるわよ~」  来た! 三十路らしき女性兵士がテント入口で私を手招きしていた。もう私の顔は兵士達に覚えられている。成人しているのに男のコ呼ばわりされて、エンは気まずいだろうなと私は苦笑した。 「ロックウィーナってば逢引き!?」 「丁寧に身体を(ぬぐ)っていたけど、これから一戦交える感じ? きゃっ♡」 「違ーーう!」  ニヤニヤと(はや)し立てるミラとマリナに強く否定してから、私は服を着てテントの外へ出た。遠くへは行かない約束なので防護ベストまでは身に着けなかった。万が一の敵襲に備えて鞭ホルダーだけは腰に付けたけどね。 「お待たせ」 「!」  私を迎えに来てくれたエンもラフな服装だった。覆面もベストも無い。私同様にクナイを収納したホルダーを腰に付けていたが。  何故か驚いた様子のエンであったが、すぐに引き締まった表情になった。 「あちらへ行こう」  彼に先導されて少し歩き、草の上に並んで腰を降ろした。女性兵士テントからさほど離れていないが、側に隆起した小さな丘のようなものが在り、座ると私達の身体は人目から隠れた。視界が狭くなる夜であるし、すぐ近くまで来ない限り二人の密会は他者に気づかれないだろう。  落ち着いて話しはできそうだが……。 (う~ん、年下とはいえ男の人と二人きりになるのは緊張するなぁ)  エンは私をどう思っているのか……それを確かめに来たんだよね? もしも本当に私を好きだという結論が出てしまったら、彼はいったいどうなるのだろう。私はどう受け止めたらいいんだろう?  私が頭を悩ませているというのに、エンったら隣で呑気な感想を漏らした。 「アンタ、髪を下ろすとだいぶ雰囲気が変わるんだな」  身体を清めたばかりの私は髪を結っていなかった。さっき彼が驚いた顔をしたのはこのせいか。 「そうなのかな? 今までにも何度か下ろした姿を見せてなかったっけ?」 「見たことはある。でもまだその時は意識して見ていなかった」  と言うことは今は意識しちゃってるのか。ヤッベェ。 「はは、エンもターバンが無いと印象違うよね」  他愛の無い雑談だ。彼の瞳が熱を帯びてさえいなければ。 「……俺はどんな風にいつもと違う?」  自分がどう見られているか無頓着っぽかった彼が、らしくない質問をしてきた。 「ええと、ターバンしている時はモロ戦士って見た目だけど、外すとフツーの……いや普通じゃないね、カッコイイ街のお兄さんって感じ!」  私としては明るい軽口で緊迫した空気を和ませようとしたのだが、 「俺の容姿はアンタの目に、多少なりとも色男に映っているのか?」  更に気まずい質問をエンは重ねた。 「あの……充分に整った顔立ちだと思うよ」 「そうか」 「他意は無く客観的に見た上での感想ね!」  予防線を張った私へ彼は微笑んだ。 「ありがとう。アンタもいい女だ」 「ど、どうも……」 「今の姿はとても女戦士に見えない。何処に出しても恥ずかしくない綺麗な(ねえ)さんだ」  それは褒め過ぎだ。すっぴんだし、身内の欲目が多分に入っていると思われる。解っているのに私は照れてしまう。  少し下げた私の顔へエンの腕が伸びて来て、指先で髪の毛をなぞられた。 「………………!」  失敗した。濡れていても髪はキッチリ結って、色気の無い防護ベストを着てくるべきだった。  恋人同士のいい雰囲気が生まれつつあるよ。マズイかも。 「ひゃっ!?」  髪の毛から頬の曲線へ、エンの指がスムーズにお引っ越しを果たした。青年の若い指が私の頬の弾力を確かめる。 「……柔らかいな」 「コラ、それは駄目でしょーよ!!」  払い除けようとした私の手をエンの手が握った。 「どうして?」  えええ? そう返されるとは思わなかった。駄目だったら駄目なんじゃい。 「どうしてって……私達は恋人同士じゃないし」 「恋人になればいい」  ほ、ほえぇぇ!? 何言ってんのこのコ!! するっと凄い発言をしたよ! 「待ってよ、あなたは心が混乱していて、それが何なのかを確かめたかったんでしょう? 結論を出す前に手を出すなんていけないよ!」 「答えは出ている」 「えっ」  エンの瞳が真正面から私を捉えた。 「俺はアンタに恋をしている。それをもう自覚している」 「!………………」 「最近の俺は一日中アンタのことばかり考えてしまう。アンタに他の男が近付くことが面白くない。他の誰でもなく、俺を見て頼って欲しいと思う。……魅了の技や術は使ってないんだよな?」 「それは……うん。そもそもそんな技知らないし」 「ならばこの想いは、恋としてしか説明がつかない」  彼の気迫に押されて私は、座ったままジリジリと後退りしたくなった。腕を掴んだエンはそれを許してくれなかったが。 「アンタの傍に居たい」 「エン」 「触れたい」 「あのね……」 「心が欲しい」 「待って、そんなに急いで答えを出さないで」 「無理だ」  言ってエンは私を草の上に押し倒した。  またか~~~~!!!! エリアス、アルクナイト、ルパートに続いてこれで四人目だよ。性急な男共と、危険を学習しない私。どっちも大馬鹿だ。 「エン、どきなさい。私の気持ちを無視してコトを進めないで!」  私は自分の上に()し掛かる男へ抗議した。 「アンタは俺に恋をしていない」 「……そうだね。友達だと思ってる。でもそれは他の男性にも同じことを言えるよ。私はまだ誰にも恋をしていない。急に何人もの人に告白されて戸惑ってるの。お願いだから考える時間をちょうだい」  私はゆっくりした口調でエンの気を静めようと努めた。しかし彼は既に心を決めてこの場に来ていたのだった。 「悪いがロックウィーナ、アンタの気持ちが固まるまで待っていられない」 「はっ……?」 「グズグズしていたら他の誰かに先を越される。アンタが他の男に抱かれるなんて、そんなことは許せない」 「エン…………?」  私はエンの瞳の中に、若さ故に暴走する狂気を見つけた。この後のことを想像して全身が(おのの)き、私は彼を跳ね除けようとした。 「くっ」  エンの目を狙った私の熊手突きは払い落とされ、もう一方の手はエンの脇に挟まれて動きを封じられた。そして彼は左手で私の服の後ろ襟首を掴み、腰を捻って両脚を前に出して抑え込みの体勢を取った。  これは岩見鈴音の住んでいた「日本」という国に存在する柔道の技だ。(はし)もそうだが、エンの故郷である東国と日本には共通点がたくさん有った。 4250523a-15a9-4e18-affb-677d7ed3afb4 「うう~~~~っ」  しばらく私はエンの腕の中でもがいていたが、抑え込みは解けず体力だけが消耗していった。エンは私に怪我をさせずに無力化することに成功したのだ。 「う~~~~……」  やがてぐったりと私から力が抜けたタイミングで、腰部分に熱い何かが触れた。エンの指だった。 「っ!?」  腰に付けていた鞭が外され、少しめくられた私の服の中に彼の手が侵入していたのだ。肌へ直に指が這う感触。私は思わず身をよじった。 「エン、やめて!」 「………………」  眉一つ動かさずに彼は私を見下ろしていた。まるで忍びとして任務に当たっている時のように。 (どうしよう、どうしよう、エンは本気だ……!)  彼は私を抱こうとしていた。  エンの手は私の肌を撫でながら上がってくる。やがて胸部へ到達するだろう。このままでは、なし崩し的に私は彼と肉体関係を持つことになる。 (駄目、そんなことできない!!)  エンが真面目で優しい青年だということは知っている。自分の損得を考えずに、バディのマキアや義兄弟のユーリの為に陰で動く仲間想いの人だ。  好きだよ。だけど私にとってエンは友達なのだ。  恋してない相手には捧げられない。 (大声を出して女性兵士を呼ぼうか!?)  そうしたらエンは兵士達に袋叩きにされるだろう。規律の厳しい王国兵団内で、婦女暴行を働いた者として処罰対象になってしまうのだ。ギルドの仲間もきっと彼を許さない。  それは避けたい。エンさえ考え直してくれたら丸く収まるのだから。 「エン、あなたは私がアルクナイトにキスマークを付けられた時、強引な彼の行動に対して怒ってくれたじゃない」  私は説得を試みた。彼の心に響くことを願って言葉を(つむ)いだ。 「あなたは無理やり女性にこんなことをする人じゃない。今は頭に血が上ってどうかしちゃってるの」 「………………」 「お願い、冷静になって」 「俺は冷静だ。自分が何をしているか理解している」 「エ……」  私の懇願は最悪な形で退けられた。エンの唇によって口を塞がれたのだ。 「!……!……!」  情熱的で長いキス。これによって悲鳴を上げて女性兵士に助けを求めるという、残されていた最終手段も封じられてしまった。 「!!」  エンの指が私の胸の膨らみに触れた。親とは違う、性欲に突き動かされた接触。  増幅された恐怖と、拒絶心。  抵抗できない自分よりも強い男の下で、私の肌は容易く蹂躙されていった。 (嫌、嫌だ、こんなのは嫌……)  絶望が涙を形成しようとしたその時、 「この馬鹿野郎、エン!!!!!!」  怒気を(はら)んだ声が頭上から降り注いだ。  同時にふっと身体が軽くなり呼吸も楽になった。閉じていた(まぶた)を開けると、上に乗っていたエンが横の草の上に尻餅をついていた。  柔らかい月の光に赤髪がぼんやり照らされていた。  私の危機に駆けつけ、エンを突き飛ばしてくれたマキアがそこに居た。
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