プロローグ

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プロローグ

 彼は運が良かった。仕事に発って戻ってこなかった冒険者達は迷子を除いたら大抵、私達が発見する頃にはお亡くなりになっている。 「ひっでぇ傷だがまだ息が有るな。面倒くせぇ……」  仕事熱心とは到底言えない先輩のルパートが、(しか)(つら)をして眉間に(しわ)を寄せた。ルパートの視線の先には、モンスターにやられてボロボロになった冒険者が地面に転がっていた。  私はギルド受付嬢から受け取っていた書類に再度目を通した。 「ええと、エリアス・モルガナン。29歳男性、身長188センチ。黒髪の剣士」  目の前の冒険者は三十歳前後の見た目で黒髪の男性、高身長だった。傍らには大剣が落ちている。彼が捜索対象であるエリアスという名の冒険者に間違い無いだろう。  対象が生存している場合は人道的観点から、当然だがギルドまで連れ帰らなければならない。ルパートがぼやく理由がこれだ。  ちなみに死亡していた場合は発見場所を地図に記入した上で、遺品のみの持ち帰りとなる。冷たいようだがモンスターがうろつく危険地帯に、死者の為に長居して二次災害を起こす訳にはいかないのだ。  冒険者のほとんどはギルドに登録している。義務ではないが、登録することによって情報入手や仕事の斡旋、アイテムの売買など様々な恩恵を受けられる。帰還できなかった場合の捜索もその一つだ。  エリアスはパーティを組まずにたった独りで、森の奥に咲く石輝花(せっきばな)という珍しい植物の採取の仕事を受けたが、通常半日で済むクエストであるのに二日経っても街に戻ってこなかった。そこで私達ギルドの回収人が出動したという訳だ。 「よし、荷物は俺が全部持ち帰ってやる。ウィー、本体はおまえに任せた!」  ……まただよ、この人ってば。私はルパートとバディを組んでの出動が多いのだが、このヤル気の無い先輩はいっつも私に要救助者を押し付けてくる。これでも160センチの普通体型の女なんだけどな。  ギルドに就職した時は受付嬢がやりたかった。でも華が無いという理由で裏方に回された。酷くない? 「あ~重~い。この大剣重~い。持ってやる俺に感謝しろよな、ウィー」  わざとらしく騒ぐウンコ野郎を尻目に、私は身を屈めてエリアスの傷に応急手当をした。ルパートはギルドの古株で私の上司だ。理不尽な命令でも従わなければならない。  エリアスの肩には深い爪痕が、脚には嚙み傷が刻まれていた。狼系のモンスターにやられたんだな。相手は空腹ではなかったようで、食べられずに済んで彼は命を拾った。 「……そうれっ!」  エリアスの両腕を私の肩に掛けて、腰で跳ね上げるようにして一気に彼の身体を背負った。  うごっ、重い! 流石に鎧は外してウンコ先輩が持ってくれたが、それでも重い。背が高くて筋肉質なエリアスは90キロくらい有るかも? 何とか背中に乗せたものの、一歩進む度に相当な負荷が私の全身に掛かった。しかも森の中だから石が転がっていたり、大樹の根でゴツゴツして歩きにくいったら。 「ぷっ、ウィーはまるで産まれたての子牛だな」  脚をガクガクさせて進む私をルパートが笑った。うるせぇ。この仕事に就いてから七年、一応筋肉トレーニングは毎日こなしているけれどそれでもキツイ。推定90キロだよ? 「うう……ん」  私の背中でエリアスがモゾモゾ動いた。悪路のせいでスムーズな運搬ができていない。振動で目を覚ましてしまいそうだな。 「あふ……うん……。んん!?」  無駄に艶めかしい声と共にエリアスは覚醒した。 「えっ!?」 「あ、おはよーございます。ふーっ」 「こ、ここは!? ……それにキミは誰だ!?」 「え、ああ、冒険者ギルドの者です。ふーっ、ふーっ、行方不明だった貴方を捜しに参りました。ふーっ」  大男を背負った状態で会話するのはしんどいな。自然と息が荒くなる。しかもこの先ちょっと登り坂になるんだよね。あんまりだ。 「そ、その声……女性なのか!?」  女に乗っかっていることを悟ったエリアスはジタバタ暴れ出した。ぎゃおー。ただでさえ重いのにバランスが崩れる。 「動かないで! 転びます!」 「だっ、駄目だ! 女性に背負われるなど!」 「姿勢が崩れる! いやー!」 「私を降ろせばいいだろう!!」  支え切れず私は両膝を付いた。グラッと重心が右に寄ってしまい、横に倒れて背中のエリアスと共に地面をゴロゴロ転がった。 「あちゃ~」  荷物を抱えたルパートが駆け寄ってきた。 「おいウィー、大丈夫か?」 「あ、はい……」  意外な程に痛みが無かった。何で? 「!」  エリアスが私をギュッと抱きしめて、クッションになってくれていたおかげだった。死にかけて行き倒れていた人が何やってんの!? 「くっ……!」 「ちょ、ちょっと、大丈夫ですか!?」 「……私は平気だ。貴女こそ何処か痛めなかったか?」  苦しそうな声で背後からエリアスは私を気遣った。超々至近距離で。彼の低音ボイスと吐息が私の耳をくすぐった。うっわあぁぁぁ。  ヤバイ。私ってば男性に抱きしめられたの、父親と祖父を除くと彼が初めてかもしれない。 「おら、無事ならとっとと立て」  荷物を地面に置いたルパートが、私の身体を両腕で引っ張った。おお。ぐいっと一気に私はエリアスの腕の中から空中へと引き上げられた。ルパートは優男風なのにけっこう力が有るんだな。だったら荷物じゃなくて人を担げや。 「う……くっ」  私が地面に足を付けた後、エリアスもヨロヨロと自力で立ち上がった。肩を貸そうとする私を、彼は右手を前に出して制した。 「女性に大きな身体の私を支えさせる訳にはいかない」 「ですが……深い傷を負われています。負傷者の搬送がギルド職員としての私の仕事ですから、遠慮なさらないで下さい」 「すまない。男としての意地を通させてくれ。気遣いには感謝する」  なんとまぁ。冒険者には荒っぽい男が多いのだけれど、エリアスは大した紳士だな。数日間お風呂に入っていない彼からは、汗と血が混じり合って牛乳をふいた雑巾みたいな匂いがしたが、それが気にならない程に言動が格好良かった。ルパートに爪の垢を煎じて飲ませたい。 「……それでは街へ戻ろうか、レディ」  おっふ、私をレディですって! 聞いた? ウンコ先輩!!  淑女扱いされて興奮しながらルパートの方を見やると、奴は魚の死んだような目で頬を紅潮させた私を眺めていた。何だよ。 「あの……先輩?」  ルパートは盛大に溜め息を吐いてから地面の荷物を拾い、そっくり私に持たせやがった。 「手が空いたんならおまえが荷物持ちな」 「へっ!? 先輩は手ぶらですか!? ズルいですよ!」 「何がズルいだ。俺様はモンスターが襲ってきた時にすぐ戦えるように、できるだけ手は空けておかなくちゃならないんだよ!」  そう言ってルパートはそっぽを向いた。ガキか。  戦うって言っても、今まで出動してモンスターと戦闘になったことなんてないじゃない。ギルド職員はあくまでも冒険者をサポートすることが仕事なので、訓練は受けていても積極的にモンスターと戦おうとはしない。モンスターを発見したら基本逃げる。エンカウント率を下げる護符も身に付けている。 「おら、さっさと行け」  はいはい。ギルドマスターにも素早く用を済ませて戻るよう言われているから、帰りますか。  負傷したエリアスに合わせた歩調で、慎重に歩いて私達は街へ向かった。 ☆☆☆  翌日の朝。  冒険者ギルド受付カウンターの奥で報告書を作成していた私を、受付嬢のリリアナが甘ったるい声で呼んだ。 「ウィーお姉様ぁ、お姉様に会いたいって人が来ていますぅ」  私とリリアナの間に血縁関係は存在しない。彼女は年上の相手をお兄様、お姉様と呼ぶ傾向が有る。ギルドの愛される妹キャラだがたぶん計算してやっている。  それにしても面会人とは? 私は筆を止めて振り返った。 「………………」  カウンター正面に凛々しい美男子が佇んでいた。鎧を身に着けて大剣を背負っている。精悍な顔立ちに黒い髪が良く合っていた。ほえ? どなた様?  そのままだと他の冒険者達の邪魔になるので、私はカウンターを出て男性を建物の窓際へ誘った。 「こちらへどうぞ。私がギルド職員のロックウィーナです」 「ああ、正式名はロックウィーナと言うんだな、良い名だ」 「あ、ありがとうございます。あの、失礼ですが貴方は……?」  たどたどしく尋ねた私に、ぽっと現れたイケメンは優しく微笑んだ。 「エリアス・モルガナンだ。昨日は世話になったな」 「ふおぉっ!?」  驚きのあまり間抜けな声が漏れた。教養有る貴婦人ならば絶対に上げない悲鳴だ。 「エ、エリアスさんですか!?」  私の問い掛けに、イケメンもといエリアスは笑顔のまま頷いて肯定した。ひょええ。  昨日は顔が土で汚れていて判らなかった。髪も乱れていたし、身体からは酸っぱい香りがしていた。身だしなみを整えるとこうなるのか。 (あ、昨日……)  私はエリアスと一緒に地面を転がったことを思い出した。彼に抱きしめられたことも。 「ふあっ……」 「レディ!?」  美形剣士との抱擁。恋愛経験の乏しい私には刺激が強過ぎる出来事だった。めまいを起こした私は、エリアスに咄嗟に腕を引っ張られて倒れずに済んだ。 「大丈夫か?」 「は、はい。ありがとうございます……」  大丈夫ではなかった。彼に掴まれている手が汗を掻き始めている。エリアスさん手袋をはめてて良かった。 「いったい何のご用件で?」  不機嫌そうな声が私の背後からした。いつの間にかルパートが立っていてエリアスを何故か睨んでいた。対するエリアスは余裕の笑みを浮かべていた。  大怪我だったのに身体は全快したようだ。ヒーラーの高額治療を受けたのだろうか? 「昨日の礼をしに来た」  そう言ってエリアスは私の手を持ち上げた。 「心からの感謝を捧げる、レディ」  そしてあろうことか私の手の甲にキスをした。あ、汗が! 手汗が凄いのに~!!  わたわたする私をルパートが強引に後ろへ下げようとするが、エリアスは手を放さなかった。 (キス……手の甲だけど私にキス……! しかも相手めっさ美形)  恋人居ない歴イコール年齢のまま25歳まで来てしまった私。突然の絵本のような展開に心臓がバクバクして足元はフワフワしていた。  私を見つめるエリアスから目を離せない。ギリリリとルパートの歯軋りの音が聞こえた気がした。 0fb6f1ce-9d7a-4fb1-aead-7f44d1d550f5
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