1-1 始まりの悪夢

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「に、逃げろ……! ヒメカ……っ! げほっ、がはっ!」  一度咳き込んで、父親は口の中から血を吐き出した。独特の臭いが鼻を刺す。  周りには黒色の炎が静かに揺れていて、緑が萌える森も、草原も、全て漆黒に燃えている。  ここはそんな世界だ。  地獄絵図以外に何といえばよいのか。当然、ヒメカには見当もつかなかった。  ヒメカの年齢はまだ幼く、心もガラスのように繊細で、そして脆い。  そんな少女が煌びやかな銀髪を揺らし、ひたすらに泣いていた。涙で潤んだ瞳は淡くエメラルド色に輝く。  ヒメカの傍らには父親の姿があり、腹の傷から()()()の血を流している。  ヒメカの銀髪も一部、黄緑色の血に濡れ、その顔は絶望の色一色に染まっていた。  父親はそっと自分の右手をヒメカの小さな頬に添えて、最後の望みを託す。 「ヒメカ! 逃げ、なさい!! は、早く……!」 「っ、うぅ……え?」  それからすぐに、父親の瞳から生気が失われた。  ヒメカが父親の身体をゆすっても、父親はピクリとも動かない。 「あ、ああ……。お父さん……お父さん!!」 「遊びはおしまいだよ」  声の主を探して見上げると、ヒメカの目の前には父親の命を奪った雄の姿。  災厄と呼ばれた殻人族(かくじんぞく)、『幻影魔蟲(げんえいまちゅう)』コーカス。  コーカスは巨大な剣を肩に担いだまま、 「さあ、君も僕のチカラになってよ……。そのほうがきっと君にとっても、僕にとっても幸せだろうから」 「うぁっ……! いやっ!」  コーカスは片手で少女の首を掴んで持ち上げた。少女は水の中でもがくように、生きようと必死にコーカスの掴む手を首から剥がそうとする。  しかし、小さな手はコーカスの大きな手を剥がすことなく、ただただ掴み上げられているだけだった。 (誰か……助けてっ!!)
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