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「に、逃げろ……! ヒメカ……っ! げほっ、がはっ!」
一度咳き込んで、父親は口の中から血を吐き出した。独特の臭いが鼻を刺す。
周りには黒色の炎が静かに揺れていて、緑が萌える森も、草原も、全て漆黒に燃えている。
ここはそんな世界だ。
地獄絵図以外に何といえばよいのか。当然、ヒメカには見当もつかなかった。
ヒメカの年齢はまだ幼く、心もガラスのように繊細で、そして脆い。
そんな少女が煌びやかな銀髪を揺らし、ひたすらに泣いていた。涙で潤んだ瞳は淡くエメラルド色に輝く。
ヒメカの傍らには父親の姿があり、腹の傷から黄緑色の血を流している。
ヒメカの銀髪も一部、黄緑色の血に濡れ、その顔は絶望の色一色に染まっていた。
父親はそっと自分の右手をヒメカの小さな頬に添えて、最後の望みを託す。
「ヒメカ! 逃げ、なさい!! は、早く……!」
「っ、うぅ……え?」
それからすぐに、父親の瞳から生気が失われた。
ヒメカが父親の身体をゆすっても、父親はピクリとも動かない。
「あ、ああ……。お父さん……お父さん!!」
「遊びはおしまいだよ」
声の主を探して見上げると、ヒメカの目の前には父親の命を奪った雄の姿。
災厄と呼ばれた殻人族、『幻影魔蟲』コーカス。
コーカスは巨大な剣を肩に担いだまま、
「さあ、君も僕のチカラになってよ……。そのほうがきっと君にとっても、僕にとっても幸せだろうから」
「うぁっ……! いやっ!」
コーカスは片手で少女の首を掴んで持ち上げた。少女は水の中でもがくように、生きようと必死にコーカスの掴む手を首から剥がそうとする。
しかし、小さな手はコーカスの大きな手を剥がすことなく、ただただ掴み上げられているだけだった。
(誰か……助けてっ!!)
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