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文月はきっともう来ないだろう、と美織は思った。
「いいですよ。もし、来たら」と気楽にうけあっておばあさんの手を握った。かさっとしていて、ふにゃっと柔らかかった。
「じゃあね」とおばあさんがお店を出ていき、美織は時計を見た。もうすぐ9時になる。
交代のアルバイトがやってくるまで、フェイスアップをしておこうと美織は棚に手を伸ばした。
「お疲れ様です」
聞き覚えのある声に美織の心臓が止まりそうになった。
「文月先輩!」
「国家試験終わったんだ。あの映画、公開延長しているみたいだよ。一緒に行かない?」
「先輩、卒業したらご実家の薬局で働くんですよね?」
「あれ? 言ってなかったかな。最初から実家の薬局で働いて井の中の蛙にならないように、どこか病院で働いて勉強しようと思って。
ほら、近くの丸刃病院というところに就職決まったんだ。就職しても、通り道だからしょっちゅう来ると思う」
「就職おめでとうございます。あっ、そうだ。先輩、えーと、あの、握手させてください」
「握手?」
「頼まれたんです。いつものおばあさんに、先輩に握手を届けてね、って」
文月は最初に会ったときのように、ためらいなく手を出した。
美織が文月の手を握るとぎゅっと握り返され、そのまま引き寄せられた。触れていないけれど体温を感じる距離だ。
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