3. 朝の9時には風が吹く

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 文月はきっともう来ないだろう、と美織は思った。 「いいですよ。もし、来たら」と気楽にうけあっておばあさんの手を握った。かさっとしていて、ふにゃっと柔らかかった。 「じゃあね」とおばあさんがお店を出ていき、美織は時計を見た。もうすぐ9時になる。  交代のアルバイトがやってくるまで、フェイスアップをしておこうと美織は棚に手を伸ばした。 「お疲れ様です」  聞き覚えのある声に美織の心臓が止まりそうになった。 「文月先輩!」 「国家試験終わったんだ。あの映画、公開延長しているみたいだよ。一緒に行かない?」 「先輩、卒業したらご実家の薬局で働くんですよね?」 「あれ? 言ってなかったかな。最初から実家の薬局で働いて井の中の蛙にならないように、どこか病院で働いて勉強しようと思って。 ほら、近くの丸刃(まるば)病院というところに就職決まったんだ。就職しても、通り道だからしょっちゅう来ると思う」 「就職おめでとうございます。あっ、そうだ。先輩、えーと、あの、握手させてください」 「握手?」 「頼まれたんです。いつものおばあさんに、先輩に握手を届けてね、って」  文月は最初に会ったときのように、ためらいなく手を出した。  美織が文月の手を握るとぎゅっと握り返され、そのまま引き寄せられた。触れていないけれど体温を感じる距離だ。
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