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――そういえば、先輩はいつも「またお越しください」って言うよね
と、美織は思った。ささいなことで怒る客も、感じの悪い客もいる。けれど先輩は必ず「またお越しください」と言う。
美織は逆だ。本当にまた来てほしいと思う客にしか、「またお越しください」という言葉は付け足さない。
「ありがとうございました」と言っているから、「またお越しください」と言わなくても不自然ではないし、言わなくても何も問題はない。
――だけど……
もしも美織の法則を誰かに……、たとえば文月先輩に……気が付かれたら、心の中を覗かれるようで恥ずかしい。あの人は好き、この人はキライ、キライ、キライ。文月先輩、スキ……なんて。
自動ドアが開き、ザァッと雨音が聞こえた。いつの間にか、雨が降ってきたみたいだ。
「あーっ、雨か。傘、忘れたぁ」文月がつぶやいた。
「わたし、持ってきましたよー。駅まで一緒に帰りませんか?」
美織はドキドキする胸をなだめ、なるべく自然に聞こえるように、言ってみた。
――先輩、なんて言うかな?
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