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美織が文月に一歩近づくと、腕が触れ合う距離になる。先輩の腕が美織の腕をかすめるたび、心臓がトクンと跳ねる。美織は先輩の横顔を盗み見た。
こっそり見たつもりだったのに、文月は視線に気が付いて、何? と首を傾げた。
「えーっと。そうだ、あの、さっきの品出しの時に話していた、今年の秋に公開する予定の映画、一緒に観に行きませんか?」
「……うん、いいね」
一瞬とまどったような間があった。
「すみません、無理にでは」
美織の膨らんだ気持ちがシュンとしぼむ。
「ごめん、行くのがイヤだとかじゃないんだ。ええと、ほら。おまもり、覚えてる?」
「合格の?」
「うん。国家試験があるっていったよね。今までサボってたから、冬にはもうガチ勉しないとマズいんだ。だから」
「そっ、そうなんですか! 国家試験じゃ、遊んでいられませんよね。映画、無理ですよね」
文月は困った顔で笑った。
――さっき、いいね、って言ったのに
美織は唇をきゅっと閉じた。
先輩は優しいから断れなかったのだとわかっている。合格しなければ薬剤師にはなれないから、国家試験がどれだけ大切なものかもわかる。
けれど、そうしないと唇の隙間から恨み言が漏れ出てしまいそうだった。
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