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「バイトも、もう辞めるつもりなんだ。就職活動しないといけないしね」
「えっ! 先輩、辞めちゃうんですか?」
考えてみれば、アルバイトなのだから、いつ辞めてもおかしくないのかもしれない。ただ美織は、それはもっと先の話だと思っていた。実家の薬局で働くなら、就職活動なんて必要ないはずだ。
――きっとアルバイトをやめるための、優しい嘘だ……
文月先輩が辞めてしまったら、もう会えない。胸がしくしく痛んだ。
「や、でも。客として店に来ることは出来るし、これからも、」
「待って、言わないで!」
美織は悲鳴のような声をあげた。
先輩がいつも言う「またお越しください」みたいな決まり文句で、アルバイトを辞めてもまた会える、なんて幻想をいだかせないでほしい。
先輩の「また」は当てにならないと知っているのに、聞けばその言葉に期待して、いつまでもズルズルと待ってしまうだろう。そんな自分は嫌だった。
「うん」文月はうなずいた。そして未来を約束する言葉の代わりに「もっと一緒にバイトしたかったな」と言った。
胸がズキンと痛んで、先輩の服の裾をつまんだ。
――ほんのちょっと一緒にアルバイトしただけ。これじゃあ、好きですなんて言えないよ……
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