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3. 朝の9時には風が吹く
文月がアルバイトを辞めてから数ヵ月が過ぎ、先輩の名前がないシフト表を見て、気分が下がることはなくなった。
朝の8時半、自動ドアが開く音に「いらっしゃいませ」と美織は声をかけた。
「あら。今日は早いんですね」
常連のおばあさんが来るのは、いつもなら午後4時だ。
「孫が遊びに来るの。だから好きそうなお菓子を買いに来たんだよ」
「いいですね」
「あの辞めちゃった子、たまには来ないの?」
「文月先輩ですか? そうですね。国家試験は2月に終わったみたいですけど」
文月が退職した後、美織がおばあさんの小銭をえり分けるようになり、自然に会話するようになっていた。
「そのうちきっと来るよ」
おばあさんは確信めいた顔で言うと、美織に手を差し出した。
「もし来たらね、あたしの握手、あの子に届けてよ」
「え……、握手をですか?」
「小銭のおばあちゃんからですって言って、代わりにあなたが握手してくれたらいいから」
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