第一章 災厄の子 1-1 羽ばたきの音

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 数秒の静寂の後、青年の顔がくしゃくしゃに歪む。 「うそぉっ! なんで覚えてないの!? 俺オレおれ! 幼なじみのジェイだよ、ジェイ!」  青年――ジェイは自分の顔に指を差して必死にアピールをする。 「知らない」 「あ、そっか。こんな格好してるからわかんなかったんだよね。俺、クベラで出世したんだよ~。近衛兵だよ、近衛兵。花形の職だよ。すごくない?」 「だから知らない」 「つい二年前まで一緒に遊んでたじゃん! 肉屋の三男で、得意料理はコロッケとテールシチューとタルトタタン!」 「……わかった」  かたむいていたサヴィトリの首が元に戻った。  ジェイは安堵に笑みをこぼすが、一瞬の後、恐怖によって塗り潰される。 「師匠が言ってた。『俺達知り合いだよね』的なことを言う奴は、100%ろくでなしのナンパ野郎だって。それに、ジェイとかいう名前も偽名くさい」  サヴィトリは邪気なく微笑み、取り出した弓をジェイの眼前でつがえた。  ジェイは砂埃が舞いあがるほどものすごい速度であとずさり、もげるほどの勢いで首を横に振る。 「ちょっ、俺が親にもらった大事な名前になんてことを! 本当に俺達は幼なじみなんだってば! 俺はちゃんと全部覚えてるのに、なんでサヴィトリは全然覚えてないんだよ!? 君の名前はサヴィトリ。ハリの森でクリシュナっていうお師匠さんと二人暮らし。好きな食べ物は卵料理と果物を使ったデザートで、嫌いな食べ物はアスパラガスとピーマン!」 「……本当にわかった。ごめん。ナンパ野郎じゃなくて、変態ストーカーだったんだな」  氷の矢がサヴィトリの手から離れる。  何よりも先に、ジェイの表情がぴきりと凍りついた。
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