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数秒の静寂の後、青年の顔がくしゃくしゃに歪む。
「うそぉっ! なんで覚えてないの!? 俺オレおれ! 幼なじみのジェイだよ、ジェイ!」
青年――ジェイは自分の顔に指を差して必死にアピールをする。
「知らない」
「あ、そっか。こんな格好してるからわかんなかったんだよね。俺、クベラで出世したんだよ~。近衛兵だよ、近衛兵。花形の職だよ。すごくない?」
「だから知らない」
「つい二年前まで一緒に遊んでたじゃん! 肉屋の三男で、得意料理はコロッケとテールシチューとタルトタタン!」
「……わかった」
かたむいていたサヴィトリの首が元に戻った。
ジェイは安堵に笑みをこぼすが、一瞬の後、恐怖によって塗り潰される。
「師匠が言ってた。『俺達知り合いだよね』的なことを言う奴は、100%ろくでなしのナンパ野郎だって。それに、ジェイとかいう名前も偽名くさい」
サヴィトリは邪気なく微笑み、取り出した弓をジェイの眼前でつがえた。
ジェイは砂埃が舞いあがるほどものすごい速度であとずさり、もげるほどの勢いで首を横に振る。
「ちょっ、俺が親にもらった大事な名前になんてことを! 本当に俺達は幼なじみなんだってば! 俺はちゃんと全部覚えてるのに、なんでサヴィトリは全然覚えてないんだよ!? 君の名前はサヴィトリ。ハリの森でクリシュナっていうお師匠さんと二人暮らし。好きな食べ物は卵料理と果物を使ったデザートで、嫌いな食べ物はアスパラガスとピーマン!」
「……本当にわかった。ごめん。ナンパ野郎じゃなくて、変態ストーカーだったんだな」
氷の矢がサヴィトリの手から離れる。
何よりも先に、ジェイの表情がぴきりと凍りついた。
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