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「まず第一に、アポなしで来たくせに手土産の一つもねえとかマジありえねえ。そこにちゃんと脳味噌入ってんのか? もし俺の故郷でそんな無礼な真似した日にゃあ、市中引きまわしで老若男女に石ぶつけられたって文句言えねえ。
しかも来たのは、そりゃもう見事にハゲ散らかしたおっさんと雰囲気イケメンの二人組。人様にものを頼みたかったら、脚の綺麗な薄着のねーちゃんを二十人ぐらい連れてこいや! ったく、最近の野郎は礼儀ってもんが全然わかってねえなぁ!
それとも何か、この超絶天才絶倫美形俺様のことを森暮らしの田舎モンだとか思って舐めてんのか、あぁ?」
クリシュナは唾を飛ばすほどの勢いでまくし立てる。
いや実際に大量の唾が飛んでおり、対面に座っている初老の男はまともにそれを浴びた。初老の男は汗を拭うふりをして顔をハンカチで押さえる。苦笑いをするほかない。
「それによ、お前らはあるはずのないものを渡せって俺様に言ってんだ。『はいどーぞ』って納得できるほうがおかしいじゃねえか」
クリシュナは初老の男の肩を叩き、顔を覗きこんだ。同意を強制するように、鋭くにらみつける。どこか爬虫類を思わせる瞳をむけられ、初老の男は無意識にすくみあがった。
初老の男のうしろに控えていた青年は異変を察し、反射的に腰に帯びた剣に手を伸ばす。だが、初老の男はすぐにそれを仕草で制した。
「先ほども申しあげましたとおり、これは火急の事態にございます。我が国クベラの命運に関わるほどの大事。どうしても殿下を引き渡していただけぬというのであれば、こちらにも考えが――」
「どんな考えがあるって?」
クリシュナの瞳に剣呑な光がともる。
その瞳を見ただけで、初老の男はすぐさま前言を撤回したい衝動に駆られた。全身を流れる血が一瞬にして凍りついてしまったのかと思うほど、身体のすべてが冷たい。
「殿下なんてのはいないって、あんたのほうがよーく知ってんだろ。
十数年前に殿下――いや違うな。何も知らない生まれたばかりの赤ん坊に『災厄の子』だとかっていう、けったいでクソふざけたあだ名を付けてたよなぁ。その『災厄の子』を死人にしたのはあんたらの王、タイクーンだ。違ったっけか?」
「で、ですが、確かにあの時、あなたは殿下を連れさらって行かれたではありませんか!」
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