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だが、短剣は少女の身体に届かなかった。
男の腕は、あと一歩というところでなぜか止まってしまった。
動かそうという意思はあるのに、それ以上動かない。踏みこんで距離を詰めようにも、足もまた、動かなかった。
自分の身体に目をやると、矢を受けた男と同じように、足元から急速に凍りついていた。すでに胸のあたりまで凍ってしまっている。
装束の男が凍り始めたのは、少女が木からおりて手をついた場所を踏んだ時だった。
わけがわからないまま、男の視界は氷によって永遠に閉ざされた。
「はぁ、やはり役立たずでございました。実戦経験のないお子様は駄目なのでございます。突進するしか能がない上に、あんな露骨な罠に気付かないなんてでございます」
どこからともなく一人の女が現れる。
正確には、女と呼ぶべきか少女と呼ぶべきか微妙な年頃だった。
森を歩くには不釣り合いなパフスリーブのワンピースを身にまとい、フリルで装飾された少女趣味な日傘を差している。
瞳が大きく可愛らしい顔立ちに似合っているからまだ良いものの、街中を歩くにはなかなか勇気のいる服装だ。
森の中で迷ったどこぞのお嬢様――がもっとも自然な解釈だろうか。先ほどの発言さえなければ。
会話をするにはいささか遠い距離で女は立ち止まり、少女にむかって礼をした。
「あなたがサヴィトリ様でございますね?」
女はにっこりと微笑み、確信をもって尋ねる。
→「はい」
「いいえ」
ふと少女の頭の中にそんな二つの選択肢が浮かぶ。
こういう時は、大抵どちらを選んだとしても結果は一緒だ。面倒事に巻きこまれるに違いない。
「確かに、私の名はサヴィトリという。だがそれを確認することになんの意味がある? いきなり殺そうとしたというのに、順番が違うと思うが?」
少女――サヴィトリは弓をつがえ、矢尻を女の顔にむけた。剣で斬りつけるには距離があるが、矢は十分に届く。
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