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あさひの演奏
忘れようとしても忘れられなかった、朝陽はあれから毎日のように電話やメールをくれた・・・・・でも一切出なかったしメールも読まなかった。
あいつの考えがわからなかった。
あいつにとってsexは、遊びと同じ感覚で気楽にできるのかもしれない・・・・・そう思うと気持ちが沈んでいく・・・・・。
外国では意外とフレンドリーに深い意味もなく楽しさと気持ちよさだけでsexするのかもしれない・・・・・
それは個人の考え方次第だと思う・・・・・皆が愛だとか恋だとかの感情を持ってsexするとは限らない。
だけど・・・・・・・俺には行きずりだとか一夜限りの遊びとか・・・・・気持ちの無い相手とのsexなんて出来ないし、する気にもならなかった。
其れなのに・・・・・そんな対象に見られたことが悔しかった。
春休みも終わり、3年に進級した。
学校とマンションの往復だけの毎日・・・・・・朝陽の事を考えないようにしても、毎日のメールと着信を無視し続けるのは苦しかった。
部屋で一人になると、メールのチェックをする自分がいた。
何が書いてあるのか気になって仕方がなかった。
ショックを受けるようなことが書かれていれば、きっと立ち直れないと思った。
そんなとき友達にジャズバーへ誘われた。
これまでジャズなんて聞いたことも興味を持ったこともなかった。
友達のお兄さんがバイトしているジャズバーで、ディナーもご馳走すると言われた。
お兄さんの話によると、有名なサックス奏者が日本にお忍びで来ていて、その演奏を是非聞いてほしいという話だった。
金曜の夜、友達と始めてのジャズバーのドアを開けた。
ジャズバーの中では結構有名な店らしい【BLUE イーグルス】と言う店だった。
ジャズバーなんて敷居が高そうなイメージしかなかった、だが意外とカジュアルでそれでいて大人の雰囲気のある素敵な店だった。
営業時間は18時から24時、演奏は19時と21時と23時の3回あると言う。
21時からの演奏がピアノとテナーサックスとのコラボ、軽やかなピアノと力強いサックスが絶品なんだとお兄さんは言った。
食事を終えて21時の演奏を待った、店内の照明が薄暗くなると2人の男性が現れた・・・・・
ピアノの演奏が始まって、それに合わせるように低い胸に染み込むようなサックスの音色が聞こえてきた。
そしてスポットライトが浮かび上がらせた顔を見た瞬間・・・・・目が釘付けになった。
サックスを演奏していたのは朝陽だった。
テナーサックスを演奏する朝陽は怪しい魅力をたたえていた。
どこか物悲しい音色、それでいて腹に響く重低音。
逢いたい気持ちが溢れ出し、朝陽から目が離せなかった。
胸が詰まるほど苦しく、滲み出す涙が頬を伝って流れ落ちた・・・・・彼の姿はあまりにも美しく神々しかった。
そして彼のソロ演奏が始まった。
ソニー・ロリンズの《ST.thomas》
軽快で明るい曲だった・・・・・・身体が自然とリズムを取っていた。
朝陽はリズムに合わせて踊るように奏でる、その姿は見惚れるほど素敵だった。
ソニー・ロリンズの母親が、幼いころに子守唄として歌っていた、ヴァージン諸島の民謡をモチーフに作られた曲だと手元の資料に書かれていた。
演奏する朝陽をじっと見つめていた、顔を上げた朝陽と目が合った‥‥‥彼は俺を見つけると片目を閉じた。
それは俺だけに送られたメッセージ!
朝陽の曲に誰もが魅了され固唾を飲むのがわかった。
ジャズはその時の雰囲気、演奏者の気分によって曲が決まると言う。
軽快なジャズの音楽に演奏者と客が一体となり、店内は盛り上がり、始めて聞くジャズに酔った。
朝陽がテナーサックス奏者だとその時初めて知った。
世界的に有名だという事も知らなかった。
そんな彼がどうして一人でこの日本に来たのかわからないが、きっと何か理由があったのだろう。
しつこく電話番号やマンションを聞いた事が旅の目的のために鬱陶しかったのだろう。
何も知らずしつこくしたことを謝りたかった。
演奏が終わってすぐに朝陽がテーブルに来てくれた。
朝陽が俺の顔に両手を充てて、俺の目を見つめた。
「こころ、この前はごめん」
「俺の方こそ・・・・・演奏すごく良かった」
「ありがとう・・・・・今夜逢えてよかった、もう逢えないと思ってた」
「ごめん電話もメールも返さなくて・・・・・・」
「怒ってたんでしょ」
「・・・・・」
俺たちは店を出て近くのCafeへ入った、朝陽はあれから自分の言った事を気にしていたと言った。
俺に誤解されるような言い方をした自分を分かってほしくて、何度も電話やメールを送ったという。
俺はそんな朝陽に自分の考えていたことを告げた、ただ友達になりたかったんだとそう言った。
朝陽は嬉しそうに、友達になってほしいと手を差し出した、俺はその手を掴んだ。
朝陽は幼い頃に亡くなった母の国日本を見たくて来たと言った、親戚も知り合いも誰もいない国にたった一人で来た朝陽・・・・・・大丈夫だと思っていてもきっと不安だったに違いない。
酔ってうずくまっていた何処の誰だかわからな俺に気持ちを許せるはずがない・・・・・電話もマンションも教えないのは当然だと言える。
その夜は長い時間ずっと朝陽と話した。
朝陽の顔をずっと見ていた、俺はこの顔に弱い・・・・・・だれでも目が離せなくなる魅力的な顔。
朝陽も同じよう俺の顔を見ていた。
「そんなに見るな」
「だってこころも見てるじゃん」
「お前は綺麗すぎる」
「こころだって綺麗じゃん」
「なわけねーだろ」
「こころの部屋に遊びに行きたい」
「いいけど、これから行く?」
「うん部屋見たい」
「別に普通の部屋だけど」
「いい」
タクシーに乗ってマンションへ行く、5階建ての学生向け1LDKのマンション。
エレベーターに乗って5階の部屋まで行ってドアを開けた・・・・・・朝脱いだ服がそのままソファーに置いたままになっていた。
慌ててそれを寝室へ放り込んだ。
「こっち、ソファーに座って靴は脱げよ」
「うんわかってる」
「こころの匂いがするね」
「そっか・・・・・なんか飲む?」
「何があるの?」
「冷蔵庫にあるのは多分水かな?」
「それでいいよ」
何もない部屋で二人ペットボトルの水を飲んだ。
「朝陽のテナーサックス感動した」
「ありがとう、こころにも聞いてほしいと思ってた」
「凄かった。俺、演奏が始まった時自然に涙が出てたもん」
「嬉しいなそんな風に言ってくれて」
「朝陽って有名な人だったんだね」
「日本ではあんまり知られてないけどね」
「そうなんだ、でも一回でもあの演奏聞いた人は絶対感動すると思う」
「こころ、相当感動したんだね・・・・・」
「うん初めて聞いたけどジャズもサックスもよかった、今夜行ってよかった」
「なんで来たの?」
「友達の兄ちゃんがあの店でバイトしてて、凄い演奏だから聞いてって言われて・・・・俺ジャズには興味なかったけど、一人で朝陽のことばっか考えてたから、気晴らしになるかなって思って行ったら朝陽がいて・・・・ビックリだよね」
「俺の事ばっかり考えてたの?」
「うん、メールも見ないようにしてたけど気になってたし、逢いたかったし」
「でも見なかったんだ・・・・電話も無視するし」
「ごめん・・・・・」
「あの時言った事、気安く言ったわけじゃないから」
「わかってる・・・・・・もう気にしてない」
「ごめん」
「そろそろ帰る」
「もう12時過ぎたよ、よかったら泊まってく?」
「いいの?」
「ソファーでいい?」
「うん」
「シャワーはそっちトイレはその隣だから」
「わかった」
その日やっと俺と朝陽は気持ちの通じる友達になれた。
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