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不安と失望
大学の授業が終わって夜は朝陽の演奏するバーへ行く、水曜日の休み以外は欠かさず行くようにしていた。
それはマネージャーだからということだけではなく、毎日一緒にいたいという気持ちが大きかった。
朝陽からは大学のある日は無理して来なくてもいいと言われていた。
それが自分の為だと分かっていても、そう言われるのは寂しかった。
演奏が終わって部屋へ戻る頃には深夜になっていることも多い、朝から講議のある日は確かにきつかった。
その日朝から講義を受けて、マンションへ帰ってシャワーを浴びて、冷蔵庫にあった昨日のサンドイッチを食べてバーへ向かった。
朝陽はすでに店の人たちと演奏の準備をしていた。
楽屋へ入ってきた僕を見て朝陽が言った。
「こころ顔色悪いよ、今夜はもういいから帰った方がいい」
「大丈夫 なんともないから」
「ダメ、言う事聞いて」
「朝陽・・・・・」
「こころ帰って」
「・・・・・わかった」
このままここにいても何もできないことも、何かあったら迷惑をかけることも分かっていた。
それでも朝陽と同じ場所にいたかった・・・・・・その気持ちを分かってもらえないもどかしさと悔しさで、自分が惨めで寂しくてたまらなかった。
部屋で天井を見ながら朝陽の事を考えていると、メールの着信音が鳴った。
朝陽からだとすぐにわかった、きっと心配してメールしてくれたのだと思った。
だがメールの内容は期待したものとは違っていた・・・・・・
[明日からBLUEイーグルスへは来なくていいから勉強しっかりやって、マネジメントの件は何かあったらその都度連絡する、しっかり寝て無理しないように]
もうこなくていい・・・・・その言葉が冷たく思えてどう返信すればいいのか分からなかった。
来なくていい………それは………いらないと言われたのと同じだった。
朝陽は今では店の仲間や客とも親しくなり、食事に行ったりジャズ仲間との交流も増えていた。
もう自分がいなくても頼れる人も相談できる人も出来たかもしれない、学生の自分よりもそっちが良いと言われたような気がした。
何の役にも立たないと思うと店に行く機会もなくなった。
バーへ行かないということは朝陽の顔を見る機会はなくなり、挨拶だけの短いメールのやり取りだけになっていた。
顔が見たい声が聞きたい・・・・・・そう思っても店に行くのは憚られた。
一日が長く気持は沈んでいくばかりだった・・・・・
講義とレポートが一段落したのを機に、思い切って店へ行ってみることにした。
あれから2週間顔も見ていない。
顔を見ればきっと朝陽も逢いたかったと言ってくれるはず・・・・・・そう思うと自然と気持ちも浮き立った。
店の従業員通用口から中へ入ろうと、ビルの裏へ歩いて行った。
裏口のドアの前に誰かが立っているのが見えた。
薄明りの中よく見ると男女が抱き合っている………女性を抱いた男は女性の背に手を回していた。
進むことも戻ることも出来ずにその場に立って二人を見ていた・・・・・・女性を抱いていた男性が顔を上げた・・・・・・その顔は薄明りでもはっきりと分かる美しい男………
朝陽だった・・・・・・立ち尽くす自分と目が合った。
一瞬、心臓が大きく鳴った・・・・・・そして同時に向きを変えて走り出した。
朝陽は追ってくることも声を掛けてくることもなかった・・・・・・・息が詰まるほど苦しくて、抱き合う男女の姿が目に焼き付いて離れなかった。
あんな朝陽を想像したこともなかった………でもよく考えれば、朝陽に恋人ができても少しもおかしくない。
人気があって、女性にも男性にも優しく接する朝陽を好きだと思う人は多いだろう。
何故そのことに気が付かなかったのだろう・・・・・
自分は特別だと思っていた。
部屋に戻ると直ぐにスマートフォンの電源を切った。
朝陽からの電話やメールを待つのはたまらなかった。
ベッドの上でただ息苦しくて身体を丸めて目を閉じた・・・・・
喉の奥が苦しくて、息を吐くたび涙が零れ落ちた………
懐かしい名前を呼んだ。
「あさひ・・・・・」
堪えていた涙が溢れだし、声を殺して泣き続けた・・・・
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