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「外から来たお客さんや若い人むけに、わかりやすい名前にしてあるんですよ」
説明してくれたのは店主のおばあさんだった。
「本当は別の名前があるんだけど、私みたいな老人にしか通じなくなっちゃってねえ」
おばあさんはサヴィトリを手招きした。瓶の蓋を開けて中の香りをかがせる。
シナモンモドキ。名前のとおり、シナモンの甘く刺激のある香りがした。
「それにしても、綺麗な陽の色の髪をしたお嬢さんね。この色のヴァルナ族がまだ残っていたなんて」
おばあさんは懐かしむようにサヴィトリを見た。
「ヴァルナ族? いえ、私はここの出身ではありませんが」
「あら、そうなの? そういえば初めて見たお嬢さんねえ。ごめんなさいね、歳をとると人の名前とか顔とかがだんだん覚えられなくなっちゃって」
おばあさんは恥ずかしそうに微笑み、瓶を棚に戻した。
「ねえ、サヴィトリ! 暇ならここの原石をいくつか買ってくれない?」
大声でナーレンダが呼びつけてきた。
自分で買えばいいのにと思ったが、カエルの姿では石の一つも運べない。
サヴィトリははいはいとおざなりな返事をしながらナーレンダの所へ行く。
ナーレンダは編み籠の縁で催促するように飛び跳ねていた。サヴィトリが近付くと、縁から腕へと飛び移り、そのまま伝って肩まで登った。人間の姿の時よりもよほど機敏だ。
「ル・フェイに頼まれてたんだ」
あれとこれとそれと――とナーレンダは籠の中の石を指差す。
ル・フェイというのはナーレンダの勤める術法院の准術士長だ。サヴィトリも面識がある。豊かな髪を三つ編みにし、眼鏡をかけた柔和な美人だった。
「あの人、恋人?」
ほとんど無意識のうちに、サヴィトリは尋ねていた。
「そんなわけないだろう。まず第一に、恋人に原石なんか買って帰るわけがない。いくら僕でももうちょっとマシな物を買うね。それに、彼女は女の子が好きなんだ。君も気をつけたほうがいい。君のこと可愛いとか好みだとかって言ってたよ」
至極真面目なトーンでナーレンダは忠告をした。
ナーレンダはこういった類の冗談は言わない。
サヴィトリは、ル・フェイと二人きりにならないよう肝に銘じた。
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