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「そんなに怒らないでください、サヴィトリ様。怒ったお顔もとても魅力的ですけれど」
進行方向にカイラシュが立ちふさがり、無理矢理サヴィトリの足を止めた。
サヴィトリはため息をつき、頭を抱える。
「もう少し、普通に接してはくれないか?」
「これがわたくしの普通です」
「四六時中私にかしずき、おべっかを言うのがか?」
「おべっかではなく本心です」
「……これ以上何を言っても噛み合わないな」
サヴィトリは払うように手を振り、踵を返した。
一歩踏み出す前に、カイラシュに手首をつかまれ止められる。
「どうすればサヴィトリ様は、わたくしの言葉に嘘偽りがないと信じてくださいますか?」
「信じる信じないの話じゃない。……意味なく崇められるのが嫌なんだ」
「この程度の扱いで不機嫌になられたのでは困ります」
サヴィトリを逃さないように両手をしっかりとつかみ、カイラシュは温度のない視線で射すくめる。
「遠くない未来、あなたは万民に崇敬される存在になります。耳触りの良い言葉を並べたてる輩も増えることでしょう。甘言などに惑わされることなく、常に強く、常に公平な御心をサヴィトリ様には持っていただかなければ」
「……つまり、私が上辺だけのおだてにのぼせないように、わざわざご丁寧に免疫をつけてくれているってこと? それじゃあやっぱり、本心じゃなくておべっかなんじゃないか」
カイラシュの視線に負けないように、サヴィトリは強く見つめ返した。
「おや、気にする点はそこなのですかサヴィトリ様。わたくしの言葉の真偽など問題ではないと仰ったではありませんか」
理想的な形をした唇に、他人を気おくれさせるような笑みが浮かぶ。
指摘されてからサヴィトリは気付いた。
カイラシュに崇められるのが嫌なのは、それが心ない行為であるような気がしたからだ。自分がタイクーンの娘、次期タイクーンであるからこそむけられるもの。そうでなければ、カイラシュは自分に見むきもしない――
「どうかそんな顔をなさらないでくださいサヴィトリ様。――もっと、困らせたくなってしまいます」
カイラシュの唇が、声が、吐息が、サヴィトリの耳をかすめた。
サヴィトリは熱を帯びた耳を押さえ、全力で走る。カイラシュも、その言葉も、自分の感覚すらも得体の知れないもののような気がし、恐ろしかった。
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