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2-11 交わるのは眼差しと
(他人様の家のトイレはどうも落ち着かないな。宿屋なら気にならないんだけど)
夜気に当たったせいか、出すものを出してすっきりしたせいか、かえって目が冴えてしまう。
部屋に戻っても、また寝返りを打ち続けるだけのような気がし、サヴィトリは足がむくままに任せた。
室内はしんと静まり返っており、床板のきしむ微かな音だけがいやに響く。自分以外誰もいないのではないかという錯覚に陥りそうになる。
それからしばらくたってからだったのか、ほんの数十秒後のことだったのか。
サヴィトリには正確にはわからないが、ふと誰かの部屋のドアの隙間から明かりが漏れているのが目に留まった。
サヴィトリはなんとはなしにそのドアに近付き、そっと中の様子をうかがう。
次の瞬間、強く冷たい光がサヴィトリの眼前を横切った。理解するよりも先に、身体の中心が冷えるような感覚に襲われ、サヴィトリはその場にぺたんと座りこんでしまう。
ドアの隙間から光のような速さで出てきたのは、一点の曇りもなく磨きあげられた刀身だった。
「……やはりお前か」
落ち着き払った低音と共に刀が鞘に納められる音が聞こえる。
「何が『やはり』だ、いきなり刀を突きつけておいて! わかっていたなら普通はそんなことしないだろう!」
まだ立つことのできないサヴィトリは怒鳴り声をあげ、刀の持ち主をきつくにらみつけた。
「いや、お前でなければ扉ごと突き刺していた」
「アホなのかお前は! しかもしれっと真顔で言うな! 冗談か本気かわからないだろう、ヴィクラム!」
「俺はいつでも本気だ」
真顔を崩さぬままヴィクラムは答え、腕を引っぱってサヴィトリを立ちあがらせた。
なぜかそのまま引き寄せ、サヴィトリは部屋の中に連れこまれる。
「ヴィクラム?」
「補佐官殿に見られると面倒だ」
ヴィクラムの端的な応えに、サヴィトリの脳はすぐさま地獄絵図を想像した。
うっかりこの場面を見られでもしたら、間違いなくカイラシュは発狂し、静寂の夜は微塵に破壊しつくされる。
「カイはどうしてああなんだろうな」
サヴィトリはため息混じりに呟く。
出会った時から過剰に好意的だとは思ったが、今では常軌を逸するレベルだ。
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