美女魔剣士クラリッサの出番!

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美女魔剣士クラリッサの出番!

「クソっ、あの女」  投石器の台座にもたれかかり、イェルンは悪態をついていた。〝あの女〟とはアルストロメリアのこと。彼女が火球を放つのを、ゼンとコトラが見ていたのだ。 「ゼン、急げ。アルストロメリアが来るかもしれない。キツネはまだ城塞のこっち側にいるからな」 「うん。了解」  ゼンがイェルンの治癒をしようとマントをめくる。が、当の患者は「触るな」と腕をひっこめ、痛みに顔をしかめた。 「おまえ、サーカス船にいたやつだろう? マナ石埋め込んで魔獣の魔力で魔術を使う。おれを魔獣の魔力で治癒するつもりか?」 「うん。コトラ、ちょっと手伝って」  コトラは「わかった」と言うと、モフモフ前脚でイェルンの肩を投石器の台座に押し付けた。ウグッと呻き声をあげたけど、闇属性の傷で相当消耗したのか抵抗するのは諦めたようだ。  ゼンが詠唱すると、普通の魔術師と同じように詠唱の文字が光って患部をぐるぐると取り巻いていく。途中でゼンが鼻血を出してイェルンがギョッとしてたけど、自分のために無理したとわかったらしく完治したあと素直にお礼を述べていた。  が、治癒が終わるのを待っていたかのようにキツネ魔獣とアルストロメリアがあたしたちの前に現れた。バルヒェットの兵士は警戒して距離をおき、野生の魔獣は密林にみんな逃げ込んだのか見当たらない。 「ゼンさん、魔力がないのに治癒魔法まで使えるとは思いませんでした。皇女殿下のところに向かうかと思いましたが、違いましたね」  アルストロメリアは魔力ゼロ男を見ていた。ナリッサの気配はジゼルと一緒に西門扉付近にあり、金色のオーラを使っている。おそらく負傷者の治癒をしているのだろう。一方、ノードは東門扉の上から地上に降りて城塞内を移動しているようだった。  イェルンがアルストロメリアを警戒しながら「皇女?」とゼンに問いかける。   「皇女様は金色のオーラの治癒の力を持ってる。イブナリア王国の末裔なんだ」 「イブナリアの末裔だと? ……本当なのか?」 「イェルンさんには感知できませんか? 商用門のところに変わった気配があるでしょう?」  アルストロメリアが小馬鹿にするようにイェルンを見て首をかしげる。挑発に耐えるように、イェルンがチッと舌打ちした。 「アルストロメリアさん。あなたが何をしたいのかわかりませんが、あまり煽らないでください。これ(・・)で攻撃しますよ」  ゼンは腰にぶら下げた小さな革袋を広げ、見せつけるように中身を地面に落とした。闇属性魔力を発する三センチほどの鉱石は、牙のように先が尖っている。イェルンが顔をしかめて一歩後退った。 「鳥の足にこれを括りつけて東門扉の結界を破壊したのはアルストロメリアさんですよね? 普通の鳥なら闇属性魔力の影響で飛ぶこともできないだろうけど、闇属性魔力に慣れた密林の鳥を使ったのかな? あっ、そうそう。さっきアルストロメリアさんが言ってた〝魔力がなくても優秀な魔術師〟っておれのことですよね。褒めてもらえて嬉しいです。でも、魔術師と魔剣士を魔術の練度で比べるのはナンセンスですよ。ちょっと話が逸れるけど、魔剣士と剣士を魔力量で比べるのもナンセンスです。だって、魔力感知で敵の位置を把握する魔術師にとって、魔力のない帝国軍はステルス兵士だらけじゃないですか。今だってほら、後ろ!」  アルストロメリアはパッと背後を振り返り、誰もそこにいないとわかると即座に氷槍をゼンに放った。が、コトラが尻尾ではたき落とす。 「相変わらずよく喋る人ですね」 「リンカ・サーカス団の口だけ男と言われてますから」  アルストロメリアの目を盗むように、コトラの尻尾があたしの足に触れた。コトラは目線で地面に落ちた闇属性魔力石を指し、あたしはその石をササッと拾って浄化する。数秒移動を使ったのに、イェルンには地面の鉱石を拾った犯人があたしだとわかったようだ。 「あんた本当に聖女なのか」  疑問ではなく感嘆。アルストロメリアも気づいたのか忌々しげにあたしを睨んでいる。 「相変わらず死霊が聖女を騙っているのですね」  否定できないけど認めるわけにいかない。 「アルストロメリアだって九尾に便乗して聖女のフリをしようとしたじゃない。あたしは聖女でも死霊でもどっちでもいい。ただ誰にも傷ついてほしくないだけ」 「本当にそんなことを思っているのですか? 死者が出ればあなたの仲間が増やせるのですよ? それとも仲間が増えては魔塔主様を独占できないからそんなことを? まあ、魔塔主様が死んでしまえばあなたも消えてしまうのでしょうけど」  アルストロメリアがまっすぐあたしの目を見て話してきたのは初めてかもしれない。世界樹跡地ではずっとノードを見ていた。 「ねえ、アルストロメリアはノードに死んでほしいの?」  あたしの言葉に彼女は顔をひきつらせ、動揺を隠すようにキツネ魔獣を使役して魔力波を放つ。ゼンもイェルンも結界で防いだようだった。 「それ、あたしには効かないみたいなんだ。聖女だから」 「さすがですね。では、聖女様には魔獣運搬船から解放された黒龍の魔力が感知できますか?」  できないはずがない。それは一匹の魔獣の魔力というより、城塞周辺の魔力密度があがったような感覚。 「先ほどの稲妻が合図でした。黒龍は魔塔主様でも止められません」 「闇属性魔力なら?」  不敵な笑みを浮かべて口にしたのはゼンだ。 「アルストロメリアさんなら黒龍を止められる。黒龍の角に闇属性魔力を放つだけでいいんです」 「……ゼンさん、なぜわたしがそのようなことを?」 「なんとなく、アルストロメリアさんは完全な悪役じゃない気がするんだよね。サラちゃんもそう思わない?」  ゼンは能天気な笑顔をあたし向ける。創造主の勘だろうか。  黒龍の気配がすぐそこまで近づき、ゼンとは対称的にコトラとイェルンの顔は次第に強張っていく。不規則に突風が吹きつける中、橙色の炎が揺らめいたかと思うと、ヒュッと鋭い風音が聞こえて目の前で九尾の尻尾が一本宙に舞った。  ――キュウウウゥウッ!  キツネ魔獣の絶叫が響いた。 「ゼン、この状況で甘いこと言ってんじゃないわよ!」  声の主は橙色の髪をなびかせた美女魔剣士クラリッサ。彼女は容赦なくキツネ魔獣の別の尻尾に剣を突き刺し、火属性魔力でボッと燃え上がらせる。キツネ魔獣の反応が遅れたのはクラリッサとアルストロメリアの魔力が似ていたからかもしれない。二人とも火属性に偏っている。 「魔剣士の出番ではありません!」  アルストロメリアは至近距離でクラリッサに火球を放った。けれど、クラリッサはそれを炎の剣でいなすように受け止め後ろにジャンプ。あたしの隣に着地すると、 「サラちゃん、ひっさしぶり〜♡」  剣を持ってない方の手で肩を抱き寄せる。 「残念ながらゆっくり話してる暇はないみたいだけど〜」  二本の尻尾を失ったキツネ魔獣は、クラリッサを完全に敵認定したようだった。突進してくるキツネに魔剣士は炎の剣を構える。イェルンが「仕方ない」と口にしてその横に立った。 「おい、魔剣士。合図したらおまえの火属性魔力をここにぶち込め」 「何の魔術かよくわかんないけど楽しそうな提案じゃない」  イェルンが魔法陣を構築すると、クラリッサはニッと口元を綻ばせる。コトラは巻き添えを食わないようにゼンを咥えて距離を置いた。 「今だ!」  イェルンの合図とともにクラリッサは剣先を魔法陣に向けて魔力を注いだ。  ジゼルがそばにいたら魔術解説してくれたかもしれない。飛びかかってきたキツネ魔獣の腹部に魔法陣から放たれた巨大な青い炎のドリルが命中し、その巨体はドスンと大きな音をたてて地面に崩れ落ちる。 「やはりキツネは戦闘向きではありませんね」  アルストロメリアには微塵の動揺もなかった。どこから手に入れて来たのか、知らぬ間に五本テールの馬魔獣に跨っている。 「アルストロメリア。あんた、自分の魔獣に思い入れもないの?」 「思い入れも何も、キツネとの付き合いはほんの数時間です。ところでクラリッサ。教えてほしいのですが、死霊術師ならこの死んだ魔獣も動かすことができるのですか?」 「そんなのわたしが知るはずないでしょう? 知ってても裏切り者に教えるはずないじゃない。ノードが一目置いてる魔術師だって言うから秘密を明かしたのに、それを仇で返すなんて。しかもゼンは優秀な魔術師で、魔剣士のあたしは低級魔術師以下?」  ここに最強闇属性魔剣士ネヴィルがいたら一発でアルストロメリアを黙らせられるのに――と思いつつ、彼のことは黙っておいた。あまりペラペラ喋ったらバンラード魔術師団のイェルンにも知られてしまうことになる。 「どこで聞いていたのか知りませんが、不服なら先ほどの発言は撤回します」  アルストロメリアの言葉にクラリッサは「はあっ?」とキレ気味。 「魔剣士とは口論する価値もないってこと?」 「そうではなく、考えが変わったのです。魔術師も魔剣士も魔力を失えばそこら辺にいる兵士と同じ。もし魔力を失えば、わたしよりもクラリッサの方が優秀だと思いますよ。剣術は魔力がなくても使えますが、魔術は魔力がなければ使えませんから。なので、左手にしてあげます」  アルストロメリアはクラリッサの左腕を狙って闇属性の氷槍を放った。炎の剣が漆黒の氷槍を薙ぎ払い、黒い靄に変わる。 「……どうして」  アルストロメリアは今日初めて驚きの表情を見せた。 「アルちゃん。わたし、何の対策もしないようなおバカさんじゃないのよ。この剣、あなたのだ~い好きなノードが闇属性魔力に対応できるようにしてくれたの。羨ましいでしょ〜」  おー、煽る煽る。 「そうですか。では、今度は確実に狙うことにします。右手に当たっても恨まないでください」  アルストロメリアがボソッとつぶやくと、馬魔獣が嘶きとともに後ろ足で立ち上がった。前脚をダダンッと地面に叩きつけ、砂塵があたり一帯を覆い尽くす。土属性の魔力波だろうか。  ゲホゲホと咳き込む声がそこかしこから聞こえた。誰かが風魔法で払おうとしたけど、馬魔獣はさらに魔力波を放ち視界は一向に良くならない。 「クラリッサ! 魔力を隠して!」  ゼンが砂煙の中で叫んだ。喋れるということはたぶん結界内にいるのだろう。 「もう遅いです」  アルストロメリアの声。 「ウッ、アアッ……!」  苦痛に耐えるようなクラリッサの呻き声が聞こえてきた。 「ゴホッ……、このネクラ女ッ! ゲホッ……」  砂塵の奥でバチバチッと火花が散った。どうやらクラリッサが魔力を使おうとしたようだった。馬魔獣は狂ったように前脚を地面に叩きつけている。  あたしが砂煙から脱出するのは簡単だけど、一度出てしまえば同じ場所に戻ってくるのは難しそうだ。それに、下手に動けばアルストロメリアがさらにクラリッサを傷つけそうなのが怖い。   「クラリッサ、やはり魔剣士は魔術師の相手ではありませんでした。魔術師ならこんな砂煙などなんてことはないのに」 「魔獣の力を借りといて……ゲホッ……、偉そうに……ゴホッ」  布で口を塞いでいるのかクラリッサの声はこもっている。 「魔術師だから魔獣を操れるんです。視界が悪いのでみなさんに黒龍の姿は見えないでしょうが、あの黒龍も魔術師がいなければ生まれなかった」  アルストロメリアと馬魔獣の気配が唐突に上空へと遠ざかっていった。その気配が城壁を越えたあたりで霧雨が降り注ぎ、ようやく視界が回復する。イェルンが水属性魔術を使ったようだ。 「あー、もう。最悪だわ」  剣を支えに立つクラリッサの顔は青白く、茶色いローブの左上腕部は大きく裂けて血が滲んでいた。アルストロメリアが右手ではなく左手を狙ったことが少し意外だった。彼女はクラリッサにコンプレックスを抱いていたようだから。 「おい、あんた平気か?」  イェルンがクラリッサに肩を貸そうとしたけど、彼女は「平気」とその手を退ける。そして「サラちゃん」とあたしに手招した。 「この水も滴るいい女を浄化してくれる?」  「するけど、闇属性魔力にやられてこんなに元気な人初めて見たかも」 「そこらへんのひ弱な男と一緒にしないでくれる?」  強がっているけどクラリッサの額には脂汗が浮いている。服の上から傷に触れると血で濡れた感触があった。少しずつまとわりついていた黒い靄が消え、クラリッサの眉間のシワが解けていく。 「わたし、多少闇属性に耐性がついてると思うわ。エリスティカの密林に出入りしてるし、闇属性魔法剣を相手に訓練したこともあるから」 「それ、もしかしてデ・マン卿?」 「あら、サラちゃんもトビアスを知ってるのね。エリスティカにも応援を頼んだから彼もじきに合流するわよ。アレ(・・)を相手に魔力のない騎士がどうにかできるとも思えないけど、闇属性の剣なら可能性はあるかもね」  クラリッサの言う「アレ」は、城塞の向こう側に見える漆黒の翼の主。その翼だけでもキツネ魔獣の幻覚で巨大化したのかと思うくらい大きい。アルストロメリアが壊した東門扉からは、帝国軍の騎馬と兵士が死にもの狂いでこっちに逃げて来ていた。怪獣映画で使われるようなビルの破壊音と鼓膜をつんざくような黒龍の鳴き声が聞こえてくる。  
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