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「資料作成、頼みたいんだよな」
「どの資料ですか?私、まだ、営業の仕事は…」
「俺がちゃんと教えるから大丈夫だって」
「ありがとうございます」
薄い唇がニヒルな弧を描いた。
それはどこか軽薄そうで、私は目を逸らす。
親しげに微笑みかけられることに一方的な苦手意識を持ってしまっている。相手だって、私に何か特別な感情を持っているわけじゃないってことは知っているのに。
「ねえ、なんか俺って警戒されてんの?」
「…別にそんなことないです」
「これから一緒に働くんだから多少は心の距離を埋めときたいんだけど」
爽やかに整った抜群のルックスに物腰柔らかな愛嬌を備えた彼は、けれどその裏では不名誉な噂も付き纏っている人だった。残念ながら噂の真実を私は知る由もない。
にっこりと微笑みかけてくる優しげな笑顔の奥には棘が隠れていたりするんだろうか?そんなことを暴くような高等技術が私に備わっているわけもないけど、密かに興味があることは、秘めておかなければ。
この世に生まれてもう25年。
そろそろ人生の1/3が終了しそうな今日この頃。
世界中の大多数の人が知っているであろう幸福を私はまだ知らない。
さすがにもう白馬に乗った王子様が迎えに来る日を夢想するのはやめたけど、──でも、優しくて格好良い素敵な恋人が自分にも出来る未来を想像するくらいは許して欲しい。
誰もが羨むような特別なヒーローじゃなくていいから、穏やかで親切な、一緒にいて心安らげる相手と柔らかな恋をしてみたい。そんなことを言えば大抵『ならすれば?』なんて言われてしまうわけだけど。
簡単に言わないでいただきたい。
出来るものなら、とっくの昔に恋に落ちている。
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