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「だって、お湯が、透明ですので…」
「俺ん家に入浴剤なんて洒落たもんあるかよ」
それに電気消してやったろ、という樋浦の言葉通り、今浴室の電気は消えている。とはいえさすがに真っ暗な中でお風呂に入るのも危ないので、脱衣所の電気だけは点けて、そこから漏れる灯りを頼りにしていた。
「俺、目ぇ悪いからそんな見えねえし」
「…視力悪いんですか?」
「両目とも0.1ねえから毎日コンタクト必須勢」
「そうだったんですか」
全然知らなかった、と目を瞬く。
まあ毎日コンタクトなら当然なんだけど。
ちなみに私は昔から視力だけが取り柄と言っても過言ではないほど目がいいので、今もばっちり樋浦の顔が見えている。
「夜目も利くの、すげえな」
「そんな真っ暗じゃないから普通に見えますよ」
「まあ俺も今はまだコンタクト入ってるから普通に見えてんだけどな」
不意に垂れてきたらしい前髪を鬱陶しそうに掻き上げる樋浦があまりに色っぽくて、今だけは目が悪くなって欲しいような、だけど絶対見逃したくないような、そんな相反する気持ちが自分の胸の裡で鬩ぎ合っている。
どうしてこんなに格好良いんだろう?
綺麗な人って、なにをしても様になるから狡い。
「澄ちゃん、ほんとに来ないの?」
ゆらりと首をかしげながらこちらを覗き込む樋浦の横顔を、ほのかな灯りが照らす。こちらに伸びてきた樋浦の細長い指が、私のそれを強請るように揺らした。
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