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コナーが懐いたのは、初めて会った時に彼が先輩騎士の嫌がらせで薬草では無く毒草を渡され食べてしまい、苦しみもがいているところだった。
たまたま騎士の宿舎で毒草が流出していると聞き、それを僕に与える為に没収する名目で使用人たちと訪れた際に、一室から苦しむ声が聞こえ覗いた先に同年代の少年が苦痛に悶え浅く息をしていた、から。
持っていた解毒剤を飲ませ、一命を取り留めたのがコナー・インタークだったのだ。
「君が口にした毒草は致死にはならないが1週間体内に残るそれだった、体力が無くなれば命の危機だったろう。なので3日はこの解毒剤を飲むといい」
「あ、なた、は……?」
「君より毒に近い者だよ」
持っていた全ての解毒剤をコナーの枕の下に忍ばせ、そして回収した毒草で代わりに自分が苦しんで助けたことなどとうに忘れた頃。
コナーは騎士となり、僕に忠誠を捧げたいと何度も頭を下げてきた。それを何度も断っている。
宮殿から出て、離れにある塔に向かう。
僕はハンゼルマン王国の第2王子、アルバート・ハンゼルマン。兄であるエルフィー・ハンゼルマン王太子の意向で数年前から宮殿を出され、昔、監獄に使っていたと言う古びた無人の塔に住まわされるようになった。
理由は王位継承権の叛逆をさせない為だとか、力を付けさせない為だとか、何だったかそんな感じのものだった。
使用人も3日に一度、食材を塔の入口に置いてくだけなので、ほとんどの者と会うことはなくなった。
しかし、それは都合のいいもので、塔に移り住んでからは毒を口にしなくて良くなったのだ。
「まあ、研究は続けているけど」
塔の螺旋階段を登りながら、ため息を零す。
宮殿を出ても、やることがないし王都から出ることが叶わない。なので、今も毒と向き合うことしか時間の使い道はない。
今日は久しぶりに社交場に引き摺り出され、興味の視線に晒されていい気分ではなかったが、久しぶりにコナーに会って更に騎士として立派になった彼を見て、僕が唯一救った人物なのだと勝手に誇らしく思えて結果、気分がいい。
「コナーにとっては思い出したくない過去だろうけど」
最上階にたどり着き、整備した自室のベッドに横たわる。
久しぶりに人に毒を飲まされた、その事実に恐怖よりも期待が勝った。
「……早く、死にたいな」
毒に始まったこの人生の終わりは、やはり毒だろう、そうじゃなきゃ何の為に毒まみれの人生を送ってきたのか。
毒の研究だって、僕を『ひと息で殺せる毒』を探しているだけだ。
散々毒で苦しんだ、なら最期は苦しまずに一瞬で終わらせてくれる毒がいい。
髪が抜けたこともある、肌が爛れそうになったこともあった、内蔵が1か月機能しなかったことも、歩けなくなって地を這って数ヶ月過ごしたことだって。
もう嫌だ、今が一番健康な状態、一番マトモな姿だ。だから一番いい状態で殺してくれる毒がいい。
出来れば甘くて飲みやすく、最期とは思えない幸せな気持ちで安らかに眠ることを許してくれる、そんな僕に優しくて残酷な毒。
「そんなもの、無いのにな」
枕元に置かれた瓶を撫でる、鮮やかな青色の液体が音を立てる。
世界で2番目の猛毒、マーダードラゴンの生き血。
これを飲めば全身が爛れ、骨ごと溶けて原型を留めずにぐしゃりと人間では無くなって死ねるS級の毒薬。
遥か遠くの国から仕入れた貴重品だ、苦しまずに一瞬で死にたいという僕の願いとはかけ離れたものだけど、本当に死にたくなったら飲もうと決めて毎日眺めている。眺めているだけ、まだ期待してしまっている、優しい毒に。
「世界最高峰の毒を手に入れられたらいいんだろうけど、あれは条件的に手元には置いておかないし……誰にも犠牲にせず一人で死ぬのに最も強いのはこれだから」
最高峰の猛毒は、広域に及ぶものだ。
僕はこれでもこの国の王子、罪のない民の命を脅かすつもりはない。
喩え、誰からも敬われることがなくても、だ。
「……ん?」
仄かに甘い香りがして目を覚ます、嗅ぎ慣れないそれに首を傾げて格子を嵌められて開くことのない窓から外を見る、塔には誰も居ないから匂いの正体は外だと思ったけど、高所から見下ろしても何もわからない。ただ夜から朝になっていることだけわかる。当然だ、ここは王都の中で一番高い位置にあるのだから。
「何だ……?」
ふと違和感を覚えて部屋を見渡せば、ドアがキイ…と動いていて。
部屋に入る時は必ず閉めている、それにこの塔に来る物好きなど居ない。警備もつかないから殺そうと思えば暗殺者の立ち入りも簡単なことだ。
しかし、人の気配はない。気配を消していたとしても、寝ていた無防備な人間を殺さないで居るなんてそんな間抜けな暗殺者など居ないだろうが。
では、誰かが塔を登り、僕の部屋のドアを開けて、殺さずに帰ったとでも?
そんな馬鹿なこと……と身支度を整え、寝起きの頭を振る。
「……まるで、逃げていい、と言われてるみたい……なんて、馬鹿馬鹿しい」
ここから逃げ出すことを許されているみたいだ、なんて妄想を払い、しかしこの甘い香りは何なのだろうか。
何となく、胸騒ぎがして。
枕元のマーダードラゴンの生き血を近くに放って置いた鞄に財布と研究を纏めたノートと共に詰め込んで、螺旋階段を下りる。
塔から出て、宮殿へと向かいそして、絶句した。
宮殿の庭園に植えられている最中の鮮やかな桃白の花を見て。
「こ……れ、は……もしかして、アッシュスノー!?」
戦慄する悲鳴に近い僕の声が聞こえたのか、「あら」と穏やかな声の主が大量の花の方からこちらへとやって来た。
実兄の婚約者であり、昨日僕に治癒魔術をかけたことになっているベラ侯爵令嬢だ。
「おはようございます、アルバート殿下。殿下はこの花にお詳しいのですか?」
「ベ、ベラ嬢……っ、この花はどうして、庭園に植えられているのですか?」
「ふふ、とても美しい花ですわよね。実は"とある御方"からわたくしにとお渡しくださり、とても美しいのでエルフィー様にお願いして植えて頂いたのです」
「とある……兄上では、ないのですね……そうだ、これはマスメイル帝国の山奥に生えている希少種です、ので……」
「まあ、あの冬国と噂のマスメイルですの!? 道理で幻想的で美しい花だと……」
うっとりしているベラから、いやアッシュスノーから身を引くように後退ってしまう。
知らないのか? ……いや、知らないのも当然だ、ここに居る者たちは何も知らないんだ。
アッシュスノー、その幻想的な美しさには想像出来ないが、世界最高峰の猛毒を持つ品物だった。
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