毒を喰らわば邪魔な皿

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* 「何!? あの花は毒だと!?」 「はい、陛下。あの甘い香りが人体に影響を及ぼすものなのです」 「何と……何故あのようなものを植えているのか……それはどのように処理すべきなのだ?」 「はい、陛下」 玉座に座る焦った様子の老人に、何の感情も浮かばない。 俺ならあんな老人、一撃で殺せるのに。 俺の命の恩人がこの国の王子と知って、王族というのは下々にまで気にかけてくださる尊い存在なのだと、そして救われたこの命を王族をそして王国の為に捧げようと粉骨砕身の想いで騎士になる為に訓練の日々を重ね。 そして再び相見えることが叶った時、俺は勘違いに気付いた。 俺を助けてくださったアルバート・ハンゼルマン王子が下々にまで気にかけてくださるだけで、他の王族どもは下々を同種として扱ってすらなかったのだ。 更には周囲から蔑まれ毒に慣れるしか生きる術がなかったアルバート殿下のことを知り、怒りでどうにかなりそうだった。 「何度もこんな蠱毒から救い出そうとしたことか」 燃える、よく燃えるな、という感情で王都の門の外から城から上がる黒煙を見てクスリと笑みが零れる。 アッシュスノー、世界最高峰の猛毒だと言うそれを調べてマスメイル帝国まで取りに行った。 そしてそれを聖女になりたいと妄言を放つ女に「貴女にお似合いと思い、戦場より運んで参りました」と言えば、思い上がった女は嬉しそうに受け取って宮殿の庭に埋めた。 しかし、それだけでは毒として発動しないのだとアルバート殿下が教えてくださったのだ、俺が調べた資料には紹介されていなかったそれをご存知とはやはり日々研究されていただけある。 「……良かった、まだお休みだ」 王都から離れた隠れ家のベッドに身を丸めて息を潜めて眠るアルバート殿下の頬を撫で、触れられることに心が昂った。 ああ、アルバート殿下、ずっと、俺はずっと貴方様をお救いしたかったんだ。 「時間が掛かってしまい、申し訳ございませんでした」 そっと殿下の頬に口付けを落とす、拒まれ続けていた忠誠を刻むように手に、足にと落としていく。 ──アルバート殿下が教えてくださった正しいアッシュスノーの使い方は、花を燃やし立ち上がった煙が大気中に溶け、そして雨雲となり降り注ぐ雨こそが世界最高峰の猛毒だと言う。 脊髄まで肉体を溶かすのはマーダードラゴンの生き血に似た効果だが、その範囲は広域に及び、雨が当たった場所から肉体を溶かすもの。 なので正しい処理方法は深く掘った地に沈めること、唯一つらしい。 「ハンゼルマン王国の王族は昔から毒殺の歴史があるんでしたね、歴史に恥じぬ相応しい結末を迎えて毒殺国家としてこれからも全世界にその名を轟かすことでしょう」 俺の恩人を毒漬けにした国という器など、毒に塗れて壊れてしまえばいい。 「ん……コナー……?」 「お目覚めですか、アルバート殿下」 「ここは……コナー、アッシュスノーは!? ちゃんと……」 「ええ、ご覧ください。あの黒い雨雲を」 「な、に……?」 「きちんと、教えて頂いた通りに燃やさせました。今頃猛毒に苦しみ王都中が阿鼻叫喚の頃合いでは?」 「な、んで……コナー、ねえ、コナー……君は」 「はい、アルバート殿下」 「どうして、笑っているんだ?」 信じられないと言う視線にそれすらも愛しくて、心が満たされていく。 アルバート殿下が誰の目も気にせずに俺だけを見てくださっている、その慈悲深き心が壊れそうなのを必死に保ちながらそれでも俺を憎まないそんな優しい御方。 「命の恩人を蠱毒から救い出せたのです」 「蠱毒……は、はは……あはは、何だ、そうだ、そうだよ、あれは毒だ」 「殿下」 「……アルバート・ハンゼルマン王子はもう居ないよ、だってほら、ハンゼルマン王国、滅んじゃった」 「ええ、あれほど毒殺に恐れていた王国なのに呆気なく毒殺されてしまいましたね」 俺の言葉に殿下は目を丸くして、そしてその体を震わせるのを壊さないように抱き締める。 こんな無礼を働いても、もう誰にも咎められない。 もう、俺と貴方様の間にあった障壁は壊れたのだから。 「……コナー、君は平気に笑うのは、どうして」 「憎かったのです、あの国全てが。殿下を縛り付け苦しめるあの国が」 「英雄なのに、君は王国の平和の為にその身を犠牲にして戦ってきたのに?」 「貴方様の騎士になる為の過程でしかありません、アルバート殿下、私を──俺を貴方様の騎士にしてくださいますか?」 「騎士……その、為に? 僕を助ける為だけに、君は国を、民を……っ」 震え怯える殿下を優しく抱き締め、壊れないように背中を撫で、そして耳元に愛おしいと言う気持ちを隠し切れず甘ったるくなる声で囁く。 「俺は貴方様をお守り出来るなら全て壊します」 「は、はは……なにそれ……」 まるで、毒みたいだね、コナー。 僕を殺してくれる毒、優しくて甘い毒。 そう呟く殿下に毒なら貴方様の一部になれますね、と嬉しくなって笑えば、アルバート殿下は泣いてしまった。 ご安心ください、これからは俺がお側でお守り致しますので。 END.
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