毒を喰らわば邪魔な皿

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「なあ、アル。これを飲んでくれよ」 突き付けられた瓶を見て、僕は実兄に視線を向けた。 "それ"が何なのか、わかっていっているのか? しかし実兄は変わらず傲慢な視線を向けながら「アルバート」と瓶を握らせてくる。 「あ、に……うえ……これは、……毒です……」 「そうだよ」 「僕……私に、服毒しろ、と仰っているんですか?」 「アルバート。何を今更……お前は、毒には慣れてるじゃないか」 「……」 「幼い頃からお前は毒を飲まされてきたから、今更飲んだって他の者より"マトモ"なんだから」 「……何の、為に?」 「……はは」 確かに幼い頃から僕は周りから毒を与えられていた。 『王族というものは毒に始まり毒に終わるものです』 『毒殺なんて日常的なものに怯えるなど、王族に有るまじき痴態だ。だから今のうちに慣れていきなさい』 『エルフィーは剣の才があるから刺客に対処出来る、だがアルバートお前は剣の才がない。だから毒に簡単に負けてしまっては困る』 僕だけ、毎日毎日毒と隣合わせに生きていた。 兄であるエルフィーは知らないのだ、毒を飲んだ時の喉が焼けるような感覚、痺れて動かない体、血が沸き立つような苦しみ、声すら出ない痛み、長きに渡る苦痛を。 だから、そう笑って簡単に瓶を押し付けて笑う。 「俺のベラが聖女として格が欲しいのだそうだ。だからお前がそれを飲み、ベラが治癒魔術をかけ治したことにすればいい」 「……ベラ嬢の光属性は僅かしか持ち合わせないと聞いております、聖女というのでしたらソフィー嬢が──」 「アルバート! ……ベラは俺の婚約者だ。わかるな? この国の王子、そして聖女の婚約者……国民はそれで安心するのさ。それにアル」 瓶を握らせた手を覆うように、強く実兄の手が握り寄せてきた顔は、民たちが噂する『清廉な王太子』のそれとはかけ離れたもので。 「これは命令だよ、お前に断れる権利なんかないんだ」 「嗚呼っ、我が弟アルバートが手違いで毒を飲んでしまった──が、我が婚約者のベラがその治癒魔術で、アルバートの命を救ってくれたなんて!」 「エルフィー様、アルバート殿下の毒は完全に取り除きましたわ」 「ベラ、君こそが聖女に相応しい!」 馬鹿馬鹿しい、とはこの事だろう。 実兄とその婚約者に向ける賞賛の声、そして服毒した僕の愚かさを嘆く声に包まれる宮殿の大広間から出て、廊下へと歩く。 もう広間では、毒に瀕した王子に誰も興味はなく、毒から救い出した治癒魔術を使う侯爵令嬢とその婚約者である王太子で持ちきりなのだから。 「……はあ、治癒魔術、ね……」 人気のない廊下、の壁に凭れ掛かるように背を預け息を吐く。 実兄が熱を入れているベラ侯爵令嬢……彼女の治癒魔術は全くと言っていいほど力なんてなく、僕の毒を取り除くことなんて出来なかった。 そもそも、彼女が掛けたものは"擦り傷を癒やす魔術"だ。初級魔術のまじない程度のそれで聖女とは、烏滸がましくて笑ってしまう。 「──アルバート殿下」 「!」 コツ、と暗がりの方から声を掛け現れた姿に肩に入れた力を抜き息を吐けば、僕の足元に傅く騎士はそっと僕の手を取った。 「卿は早く大広間に向かうといい。英雄が姿を見せず、民たちは不満だろう」 「殿下……体調が優れないのではありませんか?」 「平気だ、見た目ほどではないから」 「……毒を飲まされたのでは?」 ぎゅっと手を握られ、目敏い騎士──コナー・インタークにクスッと笑って空の瓶を懐から出して見せる。 「知らない者は毒を全て猛毒の類と思ってしまうが、これは道具屋ですら取り扱っている毒で、致死量のそれではない。常人が飲んでも四肢が3日痺れてしまうくらいで自然治癒で治る品物だ」 「……殿下」 「それに私は、慣れている。この程度なら何もないんだ。インターク卿が気に病むことではない」 そう、物心ついた頃より毒と生きていた僕にとって、こんなもの毒にも入らない。 少し痺れる程度だが炭酸水程度の刺激に近く、むしろ服毒した反応をしなければならないこと、そして聖女に仕立てる舞台装置に使われたことへのダメージがあるだけ。 「アルバート殿下は、毒の研究をされていらっしゃるのでしたね」 「? ……ああ、そうだった。うん、そう、毒のことならこのハンゼルマン王国で誰よりも詳しいとも」 昔、まだ騎士の見習いだったコナーが『何故、アルバート殿下は毒にお詳しいのですか?』と聞いてきて、そう誤魔化したのだった。 文字通り、死物狂いで覚えただけだ。 何を飲まされどうなったのか、毎回使用人が飲ませた毒を必ず聞き、全て記憶しても飽き足らず、世界中の毒を調べて何が危ないのかどうか調べ上げた。 そのせいで毒への耐性がついた頃には、毒薬研究をしている変人王子の異名がついたのだっけか。 「さあ、ソードマスターたる英雄がこんな暗がりで嫌われた変わり者と会話していてはいけないよ」 「変わり者ではありません、我が国の王子でありお仕えすべきアルバート殿下です」 「君だけだよ、僕を敬おうとするのは。……私は部屋に戻るから、気にしないでいい。元々社交場は嫌いなんだ」 じゃあね、とコナーの手をゆるりと外して暗がりの方へと足を向けた。
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